第10話 遊び人の青年と文学問答をする

【この物語の登場人物】


天野太郎あまのたろう = 水道屋さん。節度ある偏屈者。


ガガロ = 遊び人の青年。時々ハレルヤ水道店にアルバイトに来る。ウェブの小説投稿サイトに、自作の小説を投稿している。



★ ★ ★ ★ ★



 工事現場の隣にある仕立屋に、どこぞの勇者が戦闘でビリビリに破れた服を預けている。「一張羅だからさ。何とか補修をしてまた着られるようにして欲しい」と勇者が仕立屋の店主に何度も頭を下げてお願いをしているのが見える。

 その勇者の後方に並んでいるのは、どこぞの魔王。ところどころ炎で燃えた跡のある戦闘服をデパートの紙袋に入れて、自分の受付の順番を行儀よく待っている。


 どこにでもある異次元の、なんの変哲もない異空間の、ありふれた異世界の風景が、今日も今日とて太郎の目の前に広がっている。


 この日、太郎は、アルバイトのガガロ君と一緒に、新築の戸建住宅に個別浄化槽を設置する工事をしていた。朝の8時からバックホウで掘削工事を開始して、昼前には浄化槽5人層が据え付けられるだけの穴が掘り上がった。きりが良いので、太郎はガガロ君と共に、少し早めの昼食を取った。


 休憩時間。飯を食べ終わった二人が、異世界に広がる青空を見ながら、雑談をしている。


「ガガロ君は、時々弊社にアルバイトに来てくれるけれど、いつもは何をしているの?」


「遊び人っすね」


「前から気になっていたのだけれど、遊び人とは、戦士や魔法使いと同じ、ひとつの職業と考えてよいのかな?」


「プロの遊び人として生計を立てている人もいるみたいっすけど、僕の場合は違うっす。存在意義というか。心の在り方というか。そもそも、遊び人でお金が稼げているのであれば、こんなところでアルバイトしてないっすよ。太郎さんは、この仕事を始めて何年になるっすか?」


「何年? いきなりそう聞かれると、え~っと何年目だっけ……」


 太郎は、入社から今年までの足かけを、指折り数え始めた。


「ああ、結構です。結構です。即答出来ないのであれば、思い出さなくて結構です。話の流れで聞いただけっすから。正直言って、太郎さんの職歴に、興味なんて更々ありませんから。それにしても水道屋なんて職業、よく続けられますね。危険、キツイ、汚い、むしろ清々しいほどのの3Kですもんねえ」


 そう言って、ガガロは、何の気なしに、地面にペッと唾を吐いた。


「ガガロ君は、将来の夢とかあるのかな?」


「実は今、ウェブの小説投稿サイトに、自作の小説を投稿してるっす。いつか小説で食えるようになったらいいなあ、なんてね」


「へえ、素敵な夢だ。やがては文豪だね。今のうちにサインを貰っておこうかな」


「いやいや、そんな甘い世界じゃないですよ」


 そう言って、ガガロは、また何の気なしに、地面にペッと唾を吐いた。流石に見かねた太郎が「現場内でそのように唾を吐くのはよくない」と注意をした。


「ちなみに、いったいどんな小説を書いているの? 差し障りなければ教えてくれるかい?」


「サイト内は、若者向けの恋愛小説ばかりですが、自分の書いている作品は、かなり責めた内容です」


「テーマは?」


「セックスと、ドラッグと、バイオレンスです。でもここのところネタに行き詰まっています。太郎さん、何か良い小説の題材はないですか?」


 太郎は、前にも誰かに同様の相談を受けたなあと思いつつ、若き小説家の卵の為に、しばらく真面目に考える。やがて良いアイデアが思いついた時の手をポンと叩く仕草をしてこう言った。


「ウンコのことを書いたら?」


「ふ、ふざけないで下さい。自分はこれでも真剣に小説を書いているつもりっす」


「別にふざけてなんかいないよ。水道屋の僕からのお願いだよ。ぜひウンコをテーマに小説に書いてよ」


「ウンコがテーマの小説なんて聞いたことがない」


「だからこそ、誰も書いたことのない小説を、ガガロ君が書くのさ」


「あはは。くだらねえなあ」


「では聞くが、セックスと、ドラッグと、バイオレンスは高貴なのかい?」


「ウンコは汚いでしょうが!」


「では聞くが、セックスと、ドラッグと、バイオレンスは美しいのかい?」


「ウンコの話なんて、誰も書かないし、誰も読みたくないっすよ。世の中には『触れない約束』『無かったことにする約束』というのがあるっす。人はみんな、排泄行為は無かったことにするものです」


「さもウンコなんてしていませんというような顔で生きて行くのは勝手だが、でも、君も僕も毎日ウンコをしているのは紛れもない事実だし、ウンコは汚いと宣う君の体内には、今現在もその物体がたっぷりと詰まっているじゃないか」


「そりゃあ、まあそうっすけど……」


「例えば、フグという魚を捕る漁師の話は小説になるのかい?」


「なりますね。ハートフルな職業小説が書けると思います」


「そのフグを料理する人の話は?」


「グルメ小説になります」


「そのフグの毒が、食した人の人体に異常をきたしたら?」


「医療小説になります」


「そのフグが、人の肛門からウンコとして排出されたら?」


「小説にはなりません。そこに文学の琴線が触れることはありません。ウンコは無かったことになります」


「う~ん、解せん。まったくもって解せんなあ」


 そんな雑談をしているうちに13時になり、二人は午後の作業に取り掛かった。



★ ★ ★ ★ ★ 



 数日後、太郎のスマートフォンに、ガガロからラインがあった。


『太郎さんとの、あの日の会話がずっと頭にこびりついて消えないので、いっそのこと書いてみました。でもやっぱり誰も読んでくれないっすね、ウンコの話なんて。まあ、何だか楽しくなってきたので、もう少し続けてみるつもりです。太郎さん、題材提供感謝します。よろしければ読んで下さい』


 太郎は、そのメッセージの下の小説サイトに飛べるアドレスを押し、思わず微笑んだ。


 そこには、ガガロの書いた小説があった。


 タイトルは『異世界水道工事店』。


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