第9話 町人貴族のお嫁さんとお姑さん(後編)
【この物語の登場人物】
ジュシル = 町人貴族。ミュルダン一族の嫁。
マーガレット = 町人貴族。ミュルダン一族の姑。
★ ★ ★ ★ ★
「公共下水道に繋がる下水取付管は、ひとつの敷地に原則一本しか引き込めません。従って、二世帯住宅とはいえ、排水管は、もっぱら一系統で設計・施工されているのです」
太郎は、嫁のジュシルと姑のマーガレットを、建物の裏側の、地面に排水桝が密集している場所へ連れて行く。
「どうも腑に落ちないわね。私の住居と、この婆さんのところが、同じ排水管を使っているならば、なぜ下水道使用料金が別々に請求されるのよ」
北面の日当たりの悪い場所へ向かいながら、嫁のジュシルが、太郎を問い詰める。
「下水道料金は、それぞれのお宅の水道使用量に比例して算定をされるのです。水道メーターさえ個別であれば、お金をかけてわざわざ排水管を個別にする必要はないでしょう?」
そう言って太郎は、排水管の下流側にあるマーガレットの住む排水桝のうちから、臭い水が染み出ている桝を見付けて、その重い鉄蓋を専用の工具を使って持ち上げた。
太郎が開けた親世帯の排水桝の中には、生活排水や汚物が溢れんばかりに詰まっていた。
「うわ。根っこがびっしり。桝が老朽化したコンクリート製なので、隙間から植栽の根っこが混入をして、排水管を塞いでしまったのですね」
「げげ。なによこれ。これじゃトイレが溢れるわけだ」
姑のマーガレットが、鼻をつまんで排水桝の中を覗き込む。
「ふん、ざまあないわ。日頃の行いが悪いからこうなるのよ」
嫁のジュシルが、口角をこれでもかと上げて、姑のマーガレットを罵る。
「あのね、ジュシルさん、先ほど申したように、この排水管は上流側のあなたのお宅にも繋がっているのですよ。下流側から徐々に溢れてきているだけです。このまま放置をしていたら、やがてあなたのお宅も排水管が使えなくなりますよ」
「ふん、いい気味だわ」
姑のマーガレットが、ここぞとばかりに罵り返す。
「マーガレットさん、罵倒になっていませんよ。あなたのお宅は既に壊滅状態でしょうが」
「兎に角、原因が判明した以上、さっさと修繕をしてちょうだい」
「かしこまりました。マーガレットさん」
「それから、そちらの性悪女さん。排水管が一緒だということが分かりましたので、この工事代はお宅と折半させて頂きます。悪しからずご了承下さい」
「ば、馬鹿言わないでよ。なんでうちがお金を出さなければいけないのよ。それでも義母か。このしみったれ婆あ」
「あんたら子世帯が流した生活排水も、溢れんばかりに詰まっているのよ。当たり前でしょう、この、バカ嫁が」
「きぃーー! こちとら、びた一文払う気はないからね!」
「きぃーー! 絶対に取り立ててやるからな、覚悟しやがれ!」
嫁のジュシルと姑のマーガレットは、耳を塞ぎたくなるような醜い罵声を浴びせ合い、陽の当たる建物の前面のほうへ戻って行った。
金持ちが倹約家だというのは、本当だな。あれぐらいお金に執着心がなければ、町人貴族などとご近所に揶揄されるほどの存在にはなれまい。彼女たちこそが、このミュルダン一族の陰の功労者なのかもしれないな。
そんなことを考えつつ、太郎は、軽自動車から準備した管内に混入した植物の根を除根する道具で、巨大な根っこを絡め取った。
ゴゴゴゴゴ。ある意味とても爽快な音を鳴らして、管の閉塞が解消される。
おや。遠くから嫁のジュシルと姑のマーガレットの金切声がこちらまで響いてくる。まだ玄関先でいがみ合っているのだ。
何があったかは知らないが、出るとこ出れば、みんな一緒。さっさと水に流してしまいなさいよ。
太郎は、瞬く間に公共下水道へ吸い込まれて行くドロドロとした液体を見詰めて、そう思った。
親世帯と子世帯の生活排水が、仲良く交じり合って流されて行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます