第7話 発明したら特許間違いなし! タッチレストイレドア(後編)
【この物語の登場人物】
ニコロフ博士 = 無邪気な発明家。
★ ★ ★ ★ ★
「僕が長らく給排水設備業者を続けているなかで『これあったらいいな。でも実現は難しいかな』と思うもの。それは、触れなくとも開閉し、触れなくとも鍵のかかるトイレの扉です」
太郎は、ニコロフ博士の研究所のトイレのドアノブを実際に握ってそう言った。
「ほう。タッチレスのトイレドアか。言われてみれば、ありそうで、ないな」
ニコロフ博士が、腕を組み、片方の手で顎髭を撫でながら、太郎の話に聞き入っている。
「はい。ニコロフ博士もご承知の通り、昨今のパブリックトイレ空間における、衛生機器メーカーの『ユーザーが汚い箇所に触れない配慮』及び『流行り病への感染防止対策』に観点を置いた機器の開発はめまぐるしいものがあります」
「確かに、ほぼすべての機器が、タッチレス化に成功してるな。
人感センサーで便座が開き、使用後立ち上がると自動で洗浄する大便器。
人感センサーで使用前使用後に水が流れる小便器。
紙を使わずとも、お尻を乾かしてくれるシャワートイレの温風乾燥。
手をかざすと人感センサーで吐水をする手洗い水栓。
手をかざすと温風で濡れた手を乾かしてくれるハンドドライヤー。等々」
「はい。ところが、そんななか、トイレのドアノブだけが、なぜか旧態依然としたまんま。いまだに手動で金具をスライドなどさせて、ガッチャンと鍵を掛けるタイプ」
「考えてみば、トイレのドアノブってかなり汚いところだな。なにしろ紙を隔てているとは言え、ついさっきお尻を拭いた手でしっかりと握るからな。男は間違いなくチンコを触った手でドアノブを握っているし。まあ、トイレのロータンクから出る水で手を洗えばいいのだけれど、あんなオマケみたいな手洗い器、使わないって人も多いし」
「それなのにトイレのドアは、遥か昔から基本的には何も変わっていません。あっちの世界で『かわや』とか『せっちん』と呼ばれた頃から、まるで進化をしていないのです。今も昔も、大便や小便をしたその手で、しっかりと握り締めています」
「天野さん、水道屋さんの観点から、それは何故だと思うかね」
「う~ん。トイレのドア自体が、衛生機器の部類ではなくて、建具の部類に属するものなので、衛生機器の進化にあわせて、ともに進化を出来なかったのかなあ。
恐らくトイレのドアをタッチレス化にする、例えば自動ドアにするという事自体は、技術的にはなんら問題ないと思いますがね。
しかし、その設置スペースや、コスト、それから何より設置後の維持管理のリスクに計り知れないものがある。ゆえにメーカーは手を出さないのだと思います。
万が一自動ドアが故障をしたら、ユーザーは個室に閉じ込められてしまいますからね。
万が一自動ドアが誤作動をしたら、勝手に扉開いて、ユーザーが見られてしまいますからね」
「ははは。そいつは、即刻裁判沙汰だな」
「ドアオープナーというアクセサリータイプのタッチレス商品や、足で扉を開け閉め出来るフットドアオープナーなんて商品もあるにはあるのですが、やはりアイデア商品の域を出ておらず、まだまだスタンダードと呼ぶにはほど遠い」
「なるほど、これまでの話をまとめると、つまりはこういうことだ。私がタッチレストイレドアを発明すれば、これこそは世紀の大発明! 特許間違いなし!」
「いや、でも、課題は山積みですよ。僕は無理だと思うなあ」
そう首を横に振る太郎をよそに、ニコロフ博士が机にかじりつくように、タッチレストイレドアの設計図を描き始めた。物凄い集中力だ。自分の口から涎が垂れていることにすら気が付いていない。
「あの~、博士。ニコロフ博士。そろそろ、暖房便座の修理を始めてよろしいでしょうか」
「いや、発明の邪魔だ。気が散るから、今日はもう帰ってくれ」
「えっ。そ、そんな、酷い」
「天野さん、アイデア提供、感謝する。試作品が出来たら必ず連絡をする。その時は、あなたの率直な意見を聞かせてくれ」
「とほほ。承知しました。それでは今日は失礼します。ニコロフ博士、健闘を祈ります」
「なあに、任せておけ。いずれ私がトイレ業界をひっくり返してやる。天野さん、よいことを教えてやろう。発明とはね、1パーセントの努力と、99パーセントの才能だ」
無邪気な人だなあ。まるで子供だ。やはり発明家の頭の中は、自分のような凡夫では計り知れない。
帰りしな、太郎は考えた。考えていたらニヤニヤしてきた。
でも、どうかな。やはり実現は難しいのかな。
例えば、将来この人類が大勢で火星に移住するような日が来たとしても、その宇宙船のトイレのドアも、今と変わらぬ、手動のガッチャンなのかな。
電子頭脳時代、宇宙時代だなんて、今後どれだけ科学技術が進化をしても、トイレのドアだけは、ユーザーの意志で、ユーザーが責任をもって、手動でガッチャン。
宇宙船のトイレの前で、宇宙服に身を包んだ潔癖症の乗組員が、ハンカチの上からドアノブを掴んでたりして。
ははは。そんな未来なら、逆に捨てたもんじゃないかあ。
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