第6話 発明したら特許間違いなし! タッチレストイレドア(前編)
【この物語の登場人物】
ニコロフ博士 = 無邪気な発明家。
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発明家のニコロフ博士の研究所は、その外観からして奇妙奇天烈であった。
建物のあちらこちらに植物の蔓のように巻き付いている何やら怪しげな露出配管。屋根の上には、無数のアンテナがひしめき合うように立っている。入口上部の錆びだらけの看板には『発明家ニコロフ研究所』と謳ってあり、その下に小さな文字で『昔と変わらぬ古き良き大発明』と添えられている。
昔と変わらぬ古き良きものであるなら、発明品としては、その時点で既にアウトじゃね? なんてことをそこはかとなく思いつつ、天野太郎は、研究所の呼び鈴を鳴らした。
「こんにちは天野さん。さあ、不具合のあるトイレはこちらです」白衣を着たニコロフ博士に案内をされ、さっそく研究所の便所に向かう。
ニコロフ博士は、こっちの世界ではいろんな意味でかなり有名な発明家だ。これまで秀作・駄作共々多くの発明品を世に送り出している。最近では『象が座っても壊れない暖房便座』という商品を大ヒットさせている。
「修理してほしいのは、これなんですがね」
トイレの扉を開いて、ニコロフ博士が指を差したのは、まさに博士のヒット作『象が座っても壊れない暖房便座』であった。
「おや。これは、超強化樹脂でつくられているという博士の発明品ではないですか。で、この暖房便座がいかがしました?」
「便座が暖まらなくなっちゃった。最近、急に寒くなってきただろう。朝なんか特に冷え込むしさ。お尻が冷たくてたまらないよ」
「内部基盤の劣化ですね。基盤を取り替えれば治ります」
「修理をお願いするよ。発明した張本人が言うのも何だけど、この商品は、二流メーカーの安価な基盤を内蔵しているから、すぐ壊れるんだ」
だったら、像が踏んでも壊れない必要性がどこにあるのだ? と太郎は思った。
その時、どこからか、水音。
ふと見ると、誰も使っていない研究所の流しの蛇口から水が出ていた。
「あらら、ニコロフ博士、ほら、流しの蛇口を閉め忘れているようですね」
「ああ、これはね、わざと水を出しっぱなしにしているのさ。ほら、よく見てごらん。まだ試作段階だけど、この機械を取り付けることによって、蛇口から出る水を利用して水力発電が出来るのだ」
見ると、蛇口の先端に簡易の浄水器のような形状の機械が取り付けてあり、そこからコンセントが伸び、その先でスマホが充電されている。
「へえ、すごい、これはエコだ。実用化されれば世紀の大発明だ」
「だろう? ただしねえ、いろいろ問題点があってねえ」
「問題点?」
「スマホをフル充電するのに、2000リットルの水が必要なのだ。一般的な浴槽に換算すると10杯分。水道代が掛かって仕方がない」
全然エコじゃない。
ニコロフ博士の机の上には、何やら製作中の図面と、くちゃくちゃに握り潰した紙屑の山。
「ちなみに、今はどのような発明の研究をされているのですか?」
この珍奇な男に俄然興味が湧いた太郎は、半ば面白がって博士に質問をした。
「新しいトイレ空間をプロデュース出来ないかと思ってね、こうして日夜研究に没頭している」
「ほう、新しいトイレ空間。職業柄とても興味があります」
「男性トイレ、女性トイレに続く、中性的な人たちが気兼ねなく利用できる『中性トイレ』の空間プロデュースさ」
「ちゅ、中性トイレ?」
「うん。便器もね、立って使用する小便器と、座って使用する大便器の間を取って、中腰で利用出来る『中便器』というのが作れないかと考えている」
「ちゅ、ちゅ、中便器?」
「トイレ看板のマークが悩むところだ。色は、男性の青と女性の赤を混ぜ合わせて、紫で決めているのだけどね。中性的な人物のマークが、いまいち思いつかない」
ニコロフ博士が腕を組んで考え込んでいる。発明家なんて呼ばれる人の頭の中は、どだい自分のような凡夫では計り知れぬ世界を漂っているのだなあ、と、この時太郎はある種の感動を覚えた。
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「実は、最近スランプなのだ」
ニコロフ博士は、エクトプラズムが出そうなほどの溜息をついた。
「天野さん。水道屋さんの観点から、何かよい発明のアイデアがあったら提供して欲しい」
太郎は、この無邪気な発明家の力になりたくなった。
「そうでね、アイデアの提供なんて大それたことは出来ませんが、長らく給排水設備業者を続けているなかで『これあったらいいな。でも実現は難しいかな』みたいなものはあります」
「お、教えてくれ! 天野さん、僕にそのアイデアをくれ!」
まあまあ、落ち着いて。がっつく二コラフ博士をなだめるように太郎は語り始める。
「僕が長らく給排水設備業者を続けているなかで『これあったらいいな。でも実現は難しいかな』と思うもの。それは、触れなくとも開閉し、触れなくとも鍵のかかるトイレの扉です」
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後編へ続く。
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