第9話 逃げる必要が全然ないのだが

「10秒も要らないって。来るなら早くしてくれないか……」


 俺はため息をついた。

 大人し帰ってくれたら、誰も怪我せずに済むのだが。


「……そうか。貴様、恐怖でおかしくなったのだな。哀れな奴だ。無能結界師が私に勝てるわけないからな。絶望しているのだろう? だが、裏切り者は処刑しなければない。己の無力さ、卑劣さ、愚かさを嘆いて死ね」

「いやいや……絶望してないのだが――」

「おらああああああああああああああああ! 死ねえええええええ!」


 マケルは剣を抜いて、俺に突撃してきた。

 おいおい。そんなに勢いよく走ってきたら……


「きゃああああああああああああああああああああああああ!」


 エルミアが叫んだ。


 ガンっ!


「ぐわぁ!」


 マケルはボールのように、跳ね返った。

 大きく宙を舞い、地面に落ちる。


 ドスンッ!


「ぐ、ぐはっ……!」


 かなり重いプレートアーマーを着ているから、落ちた時の衝撃は凄まじい。

 マケルはぐったりと、地べたに倒れていた。


「え? どうして? 急にあの人の身体が跳ね返って……?」


 エルミアは驚いて、倒れたマケルを見ていた。


「言ったろ? この村はもう安全だって」

「……貴様! マケル団長に何をした?」


 騎士のひとりが俺に怒鳴る。


「俺は何もしてないけど……」

「タダで済むと思うなよ!」


 槍を俺に向けて、全力で走ってくるが……


「ぐえぇ!」


 槍の切っ先が、村の入口で止まる。

 次の瞬間、騎士は勢いよく吹き飛ぶ。

 そのまま、地面にまっすぐ落ちた。


「ぐっ……いったいこれは、何の魔法だ?」

「ただの結界だよ」


 さっきから何度も言っているのだが。


「やはり脳筋の騎士団ではダメだな。我々が、結界を破ってみせよう」


 今度は黒ローブを着込んだ男たちが、村の入口に集まった。

 こいつらはオロカール帝国軍の魔術師部隊、ブラック・ソーサラーだ。

 魔術師は強さの順に、SランクからFランクまで格付けされている。

 ブラック・ソーサラーは、Bランクの魔術師の部隊だ。

 小さなエルフの村に、魔術師部隊を使うのは明らかに過剰戦力だ。

 これもオロカール帝国に味方しない部族の見せしめのために、派手な魔法でエルフの村を潰すつもりなんだろう。


「アルクさん……怖いです」


 エルミアは不安げな目で俺を見た。

 震えながら、俺に抱きついてきた。

 今まで平和だった村に、突然人間たちが侵略してきたんだ。怖くて当たり前だ。

 俺はエルミアの頭を優しく撫でた。


「大丈夫だ。安心してくれ。この村は安全だ。もうすぐ奴らは帰るよ」

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