第2話 リリー・フィーメル

そこで俺は思い出す。この国、フィーメル王国の第一王女の事を。


リリー・フィーメル、彼女は「才能だけの無能王女」、そう呼ばれていた。


彼女は規格外の魔力とギフト「神血イコル」を持って生まれた。


ギフトというのは極々一部の神から愛された人間が持つ生まれつき持つもの。往々にしてそれは非常に強力な力を持つ。


そう、彼女はまさに神に愛された天才だった。


だが成長するにつれて、問題が出てきた。


彼女はなぜか魔力を一切扱えなかったのだ。


魔力が扱えなければ、規格外の魔力もギフトも、何の意味も持たない。


その結果が「才能だけの無能王女」というわけだ。


なぜ俺がこんなに彼女について詳しいのかというと、ある意味親近感を感じていたからだ。


そう、「同類」として。


そんな彼女が俺を夢に呼び出した?


…ただの明晰夢だろうか?いや、それにしては現実感がありすぎる。


「あの…よろしいですか」


「!?は、はい、王女殿下」


いくら蔑まれていようと、相手は王女、下手な態度はとれない。


「…私如きにそうかしこまる必要はありませんよ」


…そう言われてもな。


「…ごめんさい、あまり時間がありませんので…レント様。


なぜ…俺の名を?


「先ほど、お願いがあるといいましたよね?」


「…ええ」


確かに、そう言っていた。


「あなたは今の自分の…魔力のない体に不満がある、そうですね?」


「…」


驚きのあまり、反応できない、だから、なぜそれを?


「…単刀直入にいいます、あなたに私の体をお譲りします」


「…はい?」


なにを…言っているのだろうか、この王女様は…。


「…私は、もう、疲れちゃいました」


そう言う、王女様の表情は…絶望を通り越して…虚無であった。


一体どんな経験をすればこんなに年若い少女がこんな表情をするのだろうか。


「私はもう、いいのです…この国を…あとは任せますレント様…」


王女様の姿がどんどん薄くなっていく。


「…!?お、王女様!」


わからない、わからないが、この人は、このまま、消えて。


「さようなら」














「待ってください!」


俺はベッドから飛び起きてそう叫ぶ。


…あれ?


そこはもうあの白い空間でなかった。


「…やっぱり夢…ん?」


白い空間ではなかったが、俺が止まっていたはずの安宿の部屋でもなかった。


俺は豪奢なベッドの上にいた。


周りを見ると少し埃っぽいが、明らかに貴族様が使うような広く、飾り付けられた室内。


「…ここは…あれ?」


そして違和感、自分の声のはずなのに、妙に高い、まるで少女のような声。


…!?


そこで俺の意識は完全に覚醒し、まさか。


部屋に大きな鏡が置いてあった、ベッドから飛び起き、慌ててその前にたつ。


そこには…


シンプルながら気品のある寝間着を着た銀髪碧眼の美しい少女。


そう、第三王女、その人だ。


「…一体、なにが」


…そこで思い出す。あの白い空間での、彼女の言葉を。




―単刀直入にいいます、あなたに私の体をお譲りします―


―…私は、もう、疲れちゃいました―


―さようなら―




あれは、明晰夢なんかじゃなく…


「ん?」


そこで机の上にノートが一つ置いてあることに気が付く。


…そこには。


「…レント様へ、だと?」


そう書いてあった。


俺はそのノートを手に取り、開く。


そこには…彼女の、第一王女、リリー・フィーメルの14年の人生の苦悩が記されてあった。


第一王妃の子として生まれた彼女、幼い頃は大いに期待されていた。その才能故。


しかし、魔力が全く扱えないことが発覚すると、周囲の反応は180度、変わった。


優しかった兄弟から、父である国王から、馬鹿にされ、無視され。


近衛騎士団の副団長を中心とした連中からの嫌がらせ。


それでもリリーはめげずに努力を続けた。


何故リリーは頑張れたのか、それは母親の存在があった。


彼女の母親である、第一王妃は病弱でいつも引きこもっていた。


そんな母親との交流がリリーにとっての唯一の心の支え。


しかし、ある日とうとう、第一王妃は危篤となる。


そんな第一王妃をリリーはずっと励まし続けた。


しかし、無情にも第一王妃の命が尽きかけた瞬間。


第一王妃はリリーに向かって、最後に言った、言ってしまった。




―リリー、あなたを産んでしまって…ごめんなさい―




第一王妃がどんな意図を持ってその言葉を言ったのかは、もうわからない。


だが、心のよりどころであった母親の最後の言葉は…。


…リリーの心を、完膚なきまでに粉々に破壊した。


ノートはそこから読み取れなくなるほど、乱雑な字となっていき。




―あとは、頼みました、レント様―




そう最後に記されていた。


俺はノートを閉じて机に置く。


…そうだな、これならば、こんな経験をしてしまえば、消えてしまいたくなるのも…理解できる。


俺は…自分が恥ずかしくなった。


あの程度で絶望し、死のうなどと考えていた自分が。


彼女は、リリーは「同類」などではなかった。


もっと、もっと悲惨な境遇であった。


周囲に味方はなく、最後には母親にまで…。


…俺が彼女に一体何を任されたのかは…まるでわからなった。だが…。


「第一王女殿下リリー・フィーメル様、元王国騎士レント…あなた様からの頼み…確かに任されました」


俺はそう、宣言する


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