仁義なきもふもふ

三夏ふみ

仁義なきもふもふ

『ああぁん。そんな覚悟で、お前の仁義は通るんか?おのれをはらんかい!あほんだら!』


金属音と共に扉が開く。薄暗い廊下を進む気配。内扉が開くと姿を表す、等身大のぬいぐるみ。愛くるしい姿の緑のワニ。


「おう、まさ。お嬢の様子はどうだ?」

「兄貴、お疲れ様です。相変わらずっすね」


先程までソファーに寝転んで漫画雑誌を読んでいた、ダチョウのぬいぐるみが慌てて立ち上がる。

代わりに座ったワニが、胸ポケットらしきところからタバコを取り出し器用に咥える。火を付けるダチョウ。たっぷり間をおいて吹き出す煙。


「……そうか」


重苦しい空気の2人が見つめた先には、『開けるな!』と殴り書きされた紙が無造作に貼られているドア。


それが唐突に勢いよく開くと、艷やかな長い髪に小さな顔と大きな瞳の女が出てくる。ホットパンツから伸びる人形のように細い足が、無人かのように部屋を横切ると、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し直接流し込む。


「お嬢」


ダチョウと顔を見合わせていたワニが立ち上がると、冷蔵庫と女の前に立つ。


「決心はお付きになりましたか?」


気持ち腰を屈め、釣り上がって見えるその大きな瞳に話しかける。


しかし、お嬢と呼ばれたその女は何事も無かったかのように、牛乳パックを片手に元居た部屋への道程を戻り始める。


「お嬢」


ワニの困り声。部屋のノブに掛かる細い指。


親父おやじも心配してらっしゃいます」


止まった挙動が睨むように振返ると、弾けるように叫ぶ。


「ぜっっったい。ぬいぐるみにはならないから!!」




2023年、春。麗らかな空を覆うように現れた無数の飛行物体は『レンポウ チュウオ ギカイ』と名乗り『シンモンスル』と一方的に通信してきた。そして24時間後、淡いピンクな光を空から降り注ぎ、その光を浴びた人類はぬいぐるいへと変貌する事となる。彼らの主張はこうだ。


『アナタタチハ、アラソイスギデス』




ガラスが割れる音と悲鳴とが同時に、部屋の中から鳴り響いた。腕組していたワニはすぐさま駆け寄りドアノブに手をかける、しかし開かない。


「お嬢。大丈夫ですか?お嬢」


ドアを叩くが返事は無い。2歩下がりドアに体当たり。綿ぼこりを上げ呆気なく弾き返される。


「まさ!」


2人同時にぶつかる。再び舞い上がる綿ぼこり。


「まさ、退け!」


ソファー横にあったチェストを振り上げドアノブに叩きつけるとようやく開く。



壁一面にぬいぐるみがデコってある部屋。その中央に全身ラバースーツ、ゴツいゴーグル、ガスマスクをつけた何かが、アメリカントイでしか見たことの無いような光線銃らしきものを携えて仁王立ちしている。


『シッコウ』


乾いた声が響き渡り、ラバースーツが光線銃を、ドアの横に尻もちをついた格好で座るお嬢に向ける。緑の塊がラバースーツに突撃し体当たりすると、両者は揉みくちゃになって倒れる。


「まさ!逃げろ」


おろおろするダチョウの手を取り部屋から走り出るお嬢。格闘する緑のワニと黒のラバースーツが遠ざかる。




薄暗い路地の階段に腰掛けるダチョウとお嬢。追手は来ない。


「はぁ。どうしてこうなっちゃたのよ……」


顔を両手で覆いうなだれるその細い肩を、言葉なく優しく抱こうとダチョウは羽を伸ばす。


「おい。その手、どこに置くつもりだ」


ドスの聞いた声が足元から聞こえる。見下げると膝したくらいの小さなハリネズミのぬいぐるみが、腕組して立っている。


「どうやら、2度目はこうなるらしい」


そう言うと、苛立たしげに足を踏み鳴らす。


「あああ。もう我慢できない、出来るわけがない」


勢いよく立ち上がりハリネズミを抱っこすると顔を埋めてもふもふするお嬢。


「もう無理。どうなってんのよ。ここは天国?天国なの」


恍惚の表情で埋めた顔のもふもふが止まらない。あっけに取られるダチョウ。


「お、お嬢。く、苦しいです」


ハリネズミの断末魔が微かに聞こえる。




階段に座るお嬢、その膝に座るハリネズミは胸ポケットらしきところからタバコを取り出し、器用に咥える。


「そんなに好きなら、自分もなればいいじゃないっすか」


火を付けたダチョウが呆れ顔でつぶやく。


「はぁ?分かってないわね。私がぬいぐるみになったら、どうやってこのもふもふを楽しむわけ。ばっかじゃないの。ねぇ」


細い手が、なんとかして見つけ出した妥協案に満足することなく、ハリネズミを優しく撫で続ける。


「これからどうします、兄貴」

「そうだな、この様子だと親父の所もどうなってるか。取りあえずは……」


たっぷり間をおいて吹き出す煙。


「ねぇ。なんか焦臭く無い?」

「あ、兄貴。あし、足」


全員の視線がハリネズミの足に集まる、それが合図だったかのように火の手が上がる。


「わ、わ、わ」

「みず!まさ、水だ水。早くしろ」


慌てふためくハリネズミとダチョウ、それを腹を抱えて笑うお嬢。



彼らの前途は、まだまだ多難だ。

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