【KAC20232】 7:58

橘はじめ

第1話 僕のヒーロー

 鬱蒼うっそうと木々が繁る山の中を抜けると、目の前には草木も生えない荒野が広がる。

 周りの山や大地は、何か巨大な力によって削り取られた様な山肌をみせる。

 誰も立ち寄らない山奥の中に、無の荒野が不自然に大きく口を開ける。


 その時。爆音と共に爆炎があがり、火柱となって空に立ち昇った。

  

 馬の嘶き、ひずめの音を荒立たせた数十騎の騎馬が荒野を駆けて来る。

 

 黒いなめし革の軍服に身を包み、長いライフル銃を携え、男たちは馬を操る。

 軍服から露わになった、その腕、その顔は黒い毛で覆われ、ギョロリと剥いた目が、長い体毛の奥で動く。

 鼻と口は前に迫り出し、耳元まで裂けた口に鋭利な牙を覗かせる。 

 

 人より高い文明を持った猿人。

 

 そこは謎の星・・・  


 ◆

 馬に跨った猿人たちが、弾き飛ばされた。


 向かって来る猿人たち騎馬隊の正面には、立ち塞がる一人の男。

 男は迫り来る騎馬隊へと真っ直ぐに突進して行く。


 侵略者から人々を救うヒーロー。 

 レジスタンスの若き指導者。


 しかし、彼には過去の記憶が無い・・・

 自分が何者かを探し求め、この危険な星を旅する。


 ◆

 少年は目を見開き、ヒーローの後ろ姿を見、小さな拳を握った。


 少年は知っている。

 目の前に立つ、このヒーローの活躍を。

 そして、もう一つの顔を。

 いや、複数の顔を。


 ある時は、仲間たちと知恵を絞り、侵略者からこの星の人々を救う男。

 ある時は、黒装束に身を包み、人とは思えぬ身軽な体術で江戸の町を飛び回る男。

 またある時は、無尽の力で刀剣を操り、正義の決め台詞で悪人を薙倒す男。


 ◆

 1973年 7:58


「お兄ちゃんっ」

「そろそろ。全員集合の時間だよっ」


 少年は、丸まった背を伸ばし正座し直した。


 時計の針が、コツコツと時を刻む。

 15・・・10・・・7・・・・・・3


 少年は腕を伸ばす。

 そして神業の様なスピードと正確さで、テレビのチャンネルを回した。


 先週から始まった、実写版「猿人の惑星」は続く・・・

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【KAC20232】 7:58 橘はじめ @kakunshi

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