第6話 無抵抗即ち精神攻撃

「ここ教えて貰っといて良かったな。安い割に結構いい宿だった。」


朝起きてから宿を出てリゲルさんに教えて貰った雑貨屋へと向かう。ちなみにこの宿は昨日マリさんから教えて貰った場所だ。冒険者の説明でかなり遅い時間になっちまったから雑貨屋に寄るのは翌日にしてオススメの宿を聞いたんだが良いところだったな。またお礼言っとこう。


宿が冒険者ギルドのある通りから少し離れているため少し街中を歩きながら雑貨屋へと向かう。何か気になるものはないかと店を覗きながら進むがあまりめぼしいものは見つからない。


「朝何も食ってないし屋台で何か買って行こう。」


店内を覗くのは止め、食べ物の屋台を探しながら歩くのに切り替える。既にいくつか屋台出てるし、どうせなら肉とか食いたいよなあ。まだ朝なんだけどさ。




その後屋台で串焼きを見つけいくつか購入し、食べながらギルドの通りを目指す。てかこれ美味、いつかアカシで食べ歩きとかしてえな。何本か買った串焼きをちょうど食べ終わる頃、昨日通ったギルドの通りが見え始める。さてさて雑貨屋はどこら辺にあるかな?ギルドと同じ通りにあるって聞いたけど。




「もしかしてここか?めっちゃギルドと近いじゃん。」


とりあえずギルドまで行ってそこから探そうとしたのだが呆気なく見つけてしまった。ギルドの前にある武具防具屋の隣、ギルドの斜め前がその雑貨屋だったのだ。二階建ての結構大きい店だな。だいぶ探すのに時間がかかることを見越して宿を出たから今はまだ早朝なのだがもう開いてるらしい。早朝なだけあって人もいなそうだし今のうちにガンさんって人と話しておくか。




「お邪魔しま~す。」


必要ないと思うが一応挨拶しながら扉を押して店に入る。中を覗くといくつかの棚があり、壁にも商品が置いてあった。そして正面のカウンターには一人の男性が忙しそうに作業していた。あれ?もしかしてまだ開店してなかったのか?


「お?いらっしゃい。こんな早い時間に来るってことは、ひょっとして昨日リゲルのじいさんが言ってた奴か?」


作業していた男性は俺に気づくとそう話しかけてきた。リゲルさん俺のこと伝えてくれてたのか。


「はい、たぶんそうだと思います。俺がアズマです。すみません開店前に入っちゃって。」


「やっぱそうか。昨日じいさんが、アズマはしっかりとギルドで説明を聞く性格だから来るなら次の日の朝かもって言ってたからな。あとこの時間店は開いてるぜ。滅多と人が来ないだけだから気にすんな。」


リゲルさん俺のこと半日で理解しすぎだろ……。商人ってそんな相手のこと知るの早いのかよ。


「ほんでよアズマ。せっかく来てくれたのに悪いんだがこいつ片付けるのにもう少し手間がかかりそうでよ。先にダンジョン潜って体験してみたらどうだ?一層なら危険もねえし。」


ガンさんが後ろの荷物を指差しながらそう提案してくる。積まれた荷物はまだ結構あるし確かに一層なら行って帰って来る余裕があるかもしれない。しかも一層って俺でも知ってるような魔物が相手だし。


「どうする?一応ポーションとか持ってくか?」


「さすがにいらないです。」


「そうか。それとアズマ、話し方は下手に出すぎない方がいいぞ。冒険者でそれは舐められるだけだからし、俺らおっさんは若い奴からフランクに話しかけられる方が嬉しい。」


それは俺も助かるな。ずっと敬語で話すの疲れるし。


「こんな感じでいいか?」


「ああ、そんな感じでいいぞ。」


試しにフランクに話してみるとガンさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。とりあえずこれから会う人にも少し肩の力抜いて話してみるか。そんで貴族様とかお偉いさんとかにはしっかり敬語使おう。


「じゃここで長いことしゃべっててもキリがねえし行ってきな。心折れんようにだけ気を付けろよ。」


「了解。行って来るわ。」


ガンさんから謎の応援を受けながら店を出る。一層の魔物本当に弱いからそんなことにはならんと思うけど。





「中は結構明るいんだな。」


俺は店を出た後、同じ大通りを真っ直ぐ突き当たりまで進んだところにあるダンジョンに来ていた。洞窟みたいな場所ではあるんだが通路はかなり広々としていて、ダンジョンの壁が淡く発光しているためかなり明るい。


俺がダンジョンに入るときにも十人近く出入りしていたため入り口付近からは少し離れて探索を始める。人多かったらすぐ倒されて見つけられないと思うし。


「お、見つけた。」


ダンジョン内のとある十字路に差し掛かる直前、その十字路の右手からお目当ての魔物は現れた。雫型のまるっこいフォルムにぽよぽよしたゼリーのような水色のボディ。俺という冒険者が近くにいるにも関わらず気づく素振りすらないその警戒心の無さ。誰もが知っている最弱の魔物、スライムだ。


スライムは俺に気づくことなく右手から左手へと通りすぎるように跳ねていく。さすがに逃がす気はないので少し大きめに足音を立ててみる。あ、気づいた。びっくりしながらこっち向いた。


ビクッとしながらゆっくりと俺の方を向き様子を窺うスライム。対する俺は籠手を召還し装備、臨戦態勢へと入る。しかし、すぐに違和感を感じた。二十秒ほど睨み合いが続いたがこのスライム、全く仕掛けてこないのだ。


何考えてんだよこいつ?あ、何も考えてねえわ。もう一度スライムを見て分かった。最初こそ警戒?する素振りがあったが今はもうぽけーっとしている。......俺敵なんだけど?もう少し戦う意志を見せてくれよ。


毒気を抜かれた俺は右手でスライムの頭を軽く何度かポンポンと叩いてみる。ポンポンと叩かれるたびにぷるぷると揺れるスライムだが反撃する気はないらしい。今もまだぽけーっとしながら俺のことを見ている気がした。


「すまんけど俺から攻撃させてもらうぞ。」


本当は相手の攻撃を見てからカウンターの練習とかしたかったけど、相手にその気がないならしょうがない。先制攻撃は俺がさせてもらう。


素早くスライムに接近すると右足で壁に向かって思いっきり蹴り飛ばす。魔物とはいえ無抵抗の相手に攻撃するのは少し心が痛むが、戦わないというわけにもいかないのだ。蹴り飛ばされた20センチほどの大きさのスライムは勢いそのまま壁に激突した。しかし、


「やっぱ倒せねえか......。」


壁に激突してぽてっと床に落ちたスライムはまるで何もなかったかのようにその場に佇んでいた。


手応えはあった。だから攻撃を上手く流されたということはないだろう。このスライムがほとんどダメージを受けていないということはその体質故だな。蹴った瞬間と壁に激突した瞬間、身体は一瞬だとしても潰れて変形したはずだ。だが弾力により元に戻ったのだ。あのぽよぽよボディで相手からの攻撃をほぼ無効化してしまう強力な物理耐性。普通にめんどくさいなコイツ。


蹴り飛ばされたスライムは怒り狂い魔物の本能のままに俺に反撃を仕掛けてくる......ことはなかった。


「いや動かねえのかよ!?」


着地点から全く動かずに先ほどと同様ぽけーっとしているスライム。え?何ですぐそうなんの?もしかして蹴られたことに気づいてない?流石にそれはないよな?え?何で?反撃は?


無抵抗で攻撃され反撃はおろか怒ることすらしないスライム相手に混乱した俺は、もう一度スライムに近づき次は籠手でツンツンつついてみる。見下ろす形でスライムを観察しているとスライムの身体が少し上を向いた気がする。まるっこくてどこが前とか分かってないけどたぶんそうだろう。


「反応があるってことはさっき蹴られたことも分かってはいると思うんだよなあ。」


そうなると答えは一つ。こいつ、というかスライム全体に言えることかもしれないが。


「お前本当に戦う気ないな?」


いや、それ以前に戦いというものを知らないのかもしれない。そう思うほどこのスライムという魔物はポンコツだったのだ。


そりゃ、スライムが階層渡りになったとしても被害出ないわけだよ。無害じゃんコイツら。


「なあお前、もうちょっと魔物であれよ。倒し辛いんだけど?」


スライムに対して抗議してみるがこれも無意味。いや、ちょっと身体傾けたわ。何言ってるか分からないって雰囲気だ。


そんな感じでスライムと戯れてるとスライムの身体の中に小さな球体が浮いているのに気づく。スライムには核があって、それを壊すことで倒せるというのはかなり有名な話だ。スライムに関しては田舎育ちの俺ですら知ってる魔物だからな。


籠手で殴っても弾力に押し返されて届かないだろうし、金属魔物でとげでも生み出して刺すのがベストか。そう考えた俺は籠手の殴る面に15センチ近くあるとげを生み出す。


「......逃げるとかしないのな。」


想像通りではあったが目の前で自分を倒す凶器が生み出されてるのにじっと見てるのはどうなんだ。流石にポンコツとかそういう問題じゃないぞスライムよ。


とげをスライムの身体に突き立てると、少し反発があったもののゆっくりと中に入り核へと近づいていく。


そこまでされてもスライムは抵抗しようとしない。......やるしかねえ。出来れば抵抗して欲しかった、その方が迷うことなく倒せたがしょうがない。


「......すまん。」


謝りながらも俺はそのまま手を突きだし、スライムの核を破壊する。すると、スライムの身体から力が抜けぐったりとした後粒子となって消えていく。その粒子が俺の身体に吸い込まれると少しだけ、ほんの少しだけ力が湧いてきた気がした。


魔物は死亡すると粒子となり、その粒子は人間の運動能力に大きな上昇効果をもたらす。これはこの世界では常識だ。まあスライムくらいじゃ目に見えるほど動けるようにはならんけど。


「これが魔石か......。」


スライムが消えた場所に落ちていた石、両端は鋭く全体的にかなりごつごつしている。これを売ると収入になるらしい。


「とりあえずさっさと後四匹くらい倒すか。」


一匹にこれだけメンタル削られてたら冒険者やっていけねえ。ここは割りきってサクサク倒していかないと。



二匹目はすぐ倒せた。ピョンピョン移動してたところを後ろから捕まえ核を一突きして終わり。


三匹目は......うん。なんか人懐っこいスライムだった。そいつは出会った瞬間嬉しそうに近づいて来て、警戒する俺の脚にすり寄って来て。流石に攻撃する気になれなかったからなんとなく持ってた携帯食料半分あげたんだよ。んで気に入った様子だったんで残りを遠くに投げてスライムが取りに行ったタイミングで逃げた。普通に逃げれるとは思うがピョンピョン可愛く跳ねながらついて来られたら振り切れる自信ねえんだよな。


四匹目、五匹目はまた無抵抗なスライムだったんで核を破壊して倒した。ラストの六匹目もこいつの核を破壊して終了だ。


目の前のスライムの核にとげを突き刺して破壊すると、粒子となって消えた後魔石が残る。それを右のポケットに突っ込み足早にダンジョンを去る。




「スライムの魔石が五つですね。銅貨五枚での買い取りになりますがよろしいですか?」


「はい、それでお願いします。」


ダンジョンを出た俺はギルドの受付で魔石の換金をしていた。俺が初めて自分で稼いだ金だ。記念に何か買うのもアリだが銅貨五枚で買えるものなんて限られているだろう。あんだけ精神攻撃受けてこれだけとは厳しい世の中だ。


「では、こちら銅貨五枚になります。」


「ありがとうございます。」


受付嬢から銅貨を受け取ると、そのままギルドを出て雑貨屋に向かう。


「お邪魔しまーす。」


「おう、らっしゃい。って何だアズマか。しんみりした顔しやがって、こりゃだいぶスライム狩りが堪えたな!ハッハッハ!」


カウンターを叩きながら大笑いするガンさん。店に入って顔を見せた瞬間これだ。絶対俺はこうなるって分かってたんだろうな。思い出すと店出るときになんかそれっぽい忠告受けたわ。意味分からんかったからほぼほぼ流したけど。


「何笑ってんすか……。」


「悪い悪い、お前の性格上サクサクスライムを倒して帰って来るってのはあり得ないって分かってたからな、こうなるだろうとは思ってたんだ。昼前に帰って来るのですら意外だしな、何匹倒したんだ?」


「五匹っすね。」


そう伝えるとガンさんは顎に手を添えて少し考える素振りをする。


「五匹か……次の階層からは死人が出るからな。アズマみたいに余裕持って冒険者やりたいやつはもう五匹くらい倒しといた方がいいかもしれん。」


「もう五匹くらい倒しといた方がいいんすか?」


「二階層に出てくるのがゴブリンだからな。人型の魔物を相手にするときは、どれだけ魔物倒して身体能力を上げておくかが大切になってくる。技術でごり押し出来んこともないが、身体能力で相手に大きく上回られたら何もさせてもらえずやられることだってあり得る。ここら辺は詳しく教えてやるぜ、隣に座りな。」


ガンさんがカウンターにある自分の隣の椅子を引いてくれる。


「ありがとうございます。」


「店の対応とかしながらになるがゆっくり話してやろう。それじゃあ授業スタートだ。」

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