第5話 千里の道も
「この用紙に名前を記入とこの魔道具に手をかざしてくれ」
関所のお兄さんに渡された紙に名前を記入した俺は、装飾を施された白い球体型魔道具に手をかざす。すると魔道具は少しだけ白く光った。
「問題ないな、通っていいぞ。」
もう終わったらしい。たぶんあれがリゲルさんの言ってた害意があるかどうかを判断する魔道具なんだろうけどさっきの一瞬じゃ良く分からんかったな。
とりあえずアカシに入ったのでギルドを目指して真っ直ぐ通りを歩いてみる。ゆっくりと白い建物を探しながら歩く中で俺はとあることに気づく。
「ずっと目線を上げて歩くのって初めてかもしれんな。」
村にも2階建ての家はあったし俺の家もそうだった。しかし、2階建ての家より高い建物がいくつも並んでいるのを見るのは初めてで、気づけば普段よりだいぶ目線を高くして歩いていた。
「あ、あったあった。あれだな。」
しばらく進むと左手に大きな白い建物が見えてきた。既に日は落ちていたが閉まってはなさそうだったので一安心。さっさと入って冒険者登録するか。
「......よし!行くか!」
一呼吸おいて隙間から少しだけ光の漏れる扉を力一杯押し、喧騒鳴り止まぬギルドへと足を踏み入れる。そこには俺の想像する筋骨隆々の大男たちが……いなかった。
「あれっ?」
俺と同じような新人っぽい人が大勢いるな。ポツポツと大人もいるがめちゃくちゃ鍛えてて強そうって感じじゃない。意外と俺の冒険者のイメージって間違ってたか?
ちょっと思ってたのと違ったギルドに驚きながらも冒険者登録をするための受付を探す。
「窓口が何個かあるな、どこに行きゃいいんだ?」
複数ある窓口のどこに行くか迷い、それも最悪窓口で聞けばいいかと思い近くの窓口へ向かおうとすると、
「新人さんはこっちの窓口ですよー!!」
1番奥の窓口のお姉さんがそう言って手を振っていた。これには助かったと思いながらその窓口へ向かった。
「ありがとうございます!でもよく俺が新人冒険者って分かりましたね?」
「よくあることだからですよ。冒険者ギルドに入ってすぐに立ち止まって困ったように窓口を見る人なんて新人さんくらいですし。」
なるほど、そういうことか。
「本日は冒険者登録でよろしかったですね?」
「はい、登録をお願いします。」
「では登録料として銀貨1枚いただいてもよろしいでしょうか?」
「これで」
俺は財布から銀貨を1枚取り出すとお姉さんに渡す。金勘定については父さんに教えてもらったし、リゲルさんとも確認した。リゲルさんは物のおおよその相場の探り方とかも教えてくれたっけ。
「確認しました。ではこちらの用紙にお名前の記入をお願いいたします。」
「はい、これで」
「アズマさんですね。ではカードをお作りいたしますので少々お待ちください。」
数分ほどするとお姉さんが白いカードを手渡してくれた。
「こちらがアズマさんの冒険者カードになります。身分を証明するものとしてもお使いいただけますよ。また冒険者ランクがF、E、D、C、B、A、Sと上がっていくとカードの色も白から緑、黄、橙、青、赤、黒と変化していきます。もし冒険者一筋で生活していこうとするならDランク以上は必須となって来ますよ。」
Dランク?半分より下でいいのか?
「Dランクでも生活していけるんですか?」
「はい、Dランクの中でも上位の人かつ、いくつかの条件に当てはまる人という条件は付きますが。」
「なるほどじゃあCランクを目指すのがいいんでしょうけど……難しいんですね?」
「察しが良いですね、その通りですよ。Cランク以上の冒険者たちは『超』が付くほどの一流の冒険者になります。Dランクまでは努力をし続ければ誰でも何とかなることはできるでしょう。ですがそこから上に上がれるのは極一部の人たちだけなのです。これは実際に会ってみないと分からないことかもしれませんね。私から言えることは1つ、彼らは圧倒的に強いということです。例え武器や魔法に恵まれていなくとも。」
「今の言葉を聞いてとても興味が湧いてきましたよ!いつか絶対に会ってみたいですね!」
武器や魔法に恵まれていなくても圧倒的に強い?めちゃくちゃすげえ人たちじゃん!そういうの聞くとワクワクしてくるよな!この街にもいんのかな!?Cランク以上!
「それならいち早く、そして怪我のないように慎重にアカシのダンジョンを攻略して他の街に行く他ありませんね。アカシは初心者が集まる街、Cランク以上の冒険者はここにはいませんから。」
んだよ、いねえのかよ。いたら真っ先に会いに行きたいくらいにはテンション上がってたのに。
「いや、そんな露骨に落ち込まないでください......。それでこの後はどうされますか?ダンジョンに向かわれますか?必要でしたら細かく説明をすることもできますが。」
あ、それは絶対聞いといた方がいいやつだな。ダンジョンについて知ってることは少ないし情報を集めるのも手か。
「すみません、説明をお願いします。」
「はい!では説明させていただき、あ。自己紹介がまだでしたね。私はこのアカシ冒険者ギルド所属の受付嬢マリと申します。これからよろしくお願いいたしますね。」
マリと名乗った受付嬢さんは俺に丁寧なお辞儀をした後、ミノラ全域が記載された地図を持ち出して説明を始めた。
「まず、ダンジョンのランクについて説明させていただきますね。ダンジョンには冒険者と同じでランクがありこちらはF、E、D、Cランクのダンジョンがございます。この中でもミノラにあるCランクのダンジョンは王都セレアのダンジョンのみとなっています。」
Bランク以上のダンジョンはないらしい。てかアカシのダンジョンのランクっていくつだ?まさかDとかじゃないよな?
「このアカシにあるダンジョンのランクっていくつなんですか?」
「アカシのダンジョンのランクはFランクとなっております。ですので出現する魔物は全てFランク、唯一ボス部屋に出現する魔物だけがEランクとなっております。」
良かった良かった。ダンジョンにもランクなんてものがあるとは知らなかったし、やっぱ初めてのダンジョンがDランクとかは避けたい。でもFランクのダンジョンでもEランクの魔物と戦うことになるんだな。父さんが1人で1体を相手取ってたって言ってたからボスの強さは成人男性1人分くらいか?
「Fランクのダンジョンを攻略されるとそこからは実績を積むのが難しくなるので次のランクのダンジョンのある街に移動、というのが冒険者の基本になっているんですよ。」
なるほどなるほど、俺がアカシのダンジョンを攻略したら、次はどこかのEランクダンジョンのある街に行くってことね。あれ?でもこれってランク飛ばしたりしたらどうなるんだろ。最初から強い魔物と戦う羽目になるんかな?
「マリさん、Fランクダンジョン攻略後にDランクダンジョンに挑むってのはアリなんですか?」
一応ね?そんな危ない真似絶対しないけど聞くぐらいならね?
そう聞くとマリさんは少し目を細めながらもきちんと説明してくれた。
「最初に申し上げますと、その方法は可能です。ダンジョンはどこのものでも最初に出てくる魔物はFランクであり階層を重ねるごとに強くなっていきます。ランクの高いダンジョンであるほど最下層が深いだけですので深く潜らなけらば下のランクのダンジョンとそう変わりはありません。
しかし、王都のダンジョンは特例として個人のランクがC以上もしくはパーティーのランクがC以上でないと入ることすら許可が降りません。また、ランクの高いダンジョンであるほど危険な魔物と遭遇する確率も上がります。そこは身の丈に合わないダンジョンを選ぶ際の自己責任となりますが。」
聞いた限りでは危険を冒してでもランクを飛ばしてダンジョンに挑む価値はなさそうだな。それにしても危険な魔物か。
「危険な魔物ってなんですか?ランクが高くて強い魔物のことじゃないですよね?」
マリさんはもし高いランクの魔物ならそう言ってくれるはずだ。俺はさっきの言い方が何か引っ掛かる。ここはしっかり聞いて明らかにしておこう。
「そちらの話は後でする予定だったのですが今してしまいましょうか。アズマさんのおっしゃる通り危険な魔物は少し毛色が違う魔物なのです。種類は大きく分けて2種類、『変異種』と『階層渡り』と呼ばれる魔物になります。」
『変異種』と『階層渡り』か……。両方名前を聞くだけでだいたいどんな魔物か想像がつくがえげつねえな……特に後者。ランクの高いダンジョンになればなるほど危ないだろそいつ。
「『変異種』は稀に生まれる既存の魔物とは違った特徴を持つ魔物のことです。能力や身体に変化が起きていて、強さの上昇幅はかなりありますが弱くなるケースはほとんどないと思ってください。次に『階層渡り』です。これは名前の通りダンジョンで生まれた魔物である以上、その階層から出ることが出来ないというルールを根本から覆した魔物です。どうしてこのような能力を持って生まれるのか、どうやって階層を移動しているのか。今に至るまで解明されていません。下層から上層へ、上層から下層へ自由に動き回るのが厄介ですね。」
「上層から下層?そんな動き方をする魔物がいるんですか?」
「はい、主にスライムになりますが。下層を散歩するかのように跳ねていた、出るはずのない場所でゴブリンの群れに混じっていた、走っているウルフの背中に乗っていた、ボスの部屋に入るとボスの隣に鎮座していてボスの咆哮と共に消し飛んだ、などの報告も上がっております。」
急に怖くなくなったな。魔物が魔物だしやってることも冒険者に危険をもたらすとは思えない。さてはスライムってだいぶ呑気な魔物だな?下層から上がってくるタイプは怖いが、特に何も考えず下層へ降りていくスライム。考えただけでもちょっとかわいいかもしれない。
「階層渡りのスライムから実害は出てるんですか?」
「いえ全く。」
「あ、そうですか。」
マジで何しに下層に降りてんだよ。危ないから上層で大人しくしとけって。
「では説明に戻りますね。変異種や階層渡りはダンジョンのランクが高ければ高いほど出現率が高まります。もし冒険者ランクが低いのにランクの高いダンジョンでこのような魔物に出会ってしまうと、後はお分かりですね?」
上手くやれば逃げられるかもしれないが、挑むような馬鹿なことをすればほぼ死ぬってとこか。かなり経験があれば変異種とか階層渡りって気づけるかもしれんが俺は初見で気づける自信はないな……。
「ですので私たち冒険者ギルドは、ご自分のランクに適したダンジョンに潜ることを推奨しています。そして、魔物についてお話させていただかなければならないことがもう1つ。極稀なことではありますが変異種の魔物が階層渡り能力を持って生まれることがございます。この魔物は『
「分かりました。覚えておきます。」
こっっっっわ!!覚えておきますじゃねえよ俺!忘れるわけねえだろそんなヤバい奴!とりあえず早く功績立てるためにちょっとランクの高いダンジョンに行こう、みたいな甘い考えは今後一切しないようにしとこう。命がいくつあっても足らねえ。
「続いて地上にある魔物の群生地帯、魔境について説明させていただきます。空気中に満ちている魔力、それが何らかの影響でぶつかり合い、歪みを生み、その歪みを中心として周囲より魔力濃度の高くなった場所を魔境と呼びます。魔境では周囲より魔力濃度が高いため魔境内では魔物が生まれ、徘徊しています。そして、ミノラにある魔境は全て森林型で様々な植物が自生しているのですが、魔物がその森林もとい魔境から外に出るは普通はありません。ただ周期的に氾濫を起こしますし、魔物が増えすぎる、強力な魔物が現れるなどしても一気に氾濫が起きて溢れる可能性がございます。」
「魔境が溢れるってのは聞いたことがあります。確か何年か前に溢れたんでしたっけ?」
カララ村にも騎士団の人が避難する必要があるかもしれないって伝えに来てた気がする。
「五年前の氾濫ですね。あのときは四大魔境の三つが溢れるという前例のない事態が起きたことでとんでもない被害が出たんですよ。今までは多くても周期が被ってしまった2つが溢れただけで対策もできてましたから。」
村にいたときは魔物がどれだけ脅威か知らなかったけど、外に出てだいぶ被害が出てるのが分かったな。五年前の氾濫なんて何かあったくらいにしか思ってなかったしちゃんとそこら辺の情報も拾っていかないと。あと今のマリさんの説明の中に知らない単語あったよな?聞いてみるか。
「マリさん、四大魔境って何ですか?」
俺がそう聞くとマリさんはさっきの地図をもう一度見せ、その端の辺りを指を指しながら教えてくれた。
「四大魔境はミノラ王国の四方に広がる、魔境の中でも特に大きな四つの魔境の総称になります。北のノルデン魔境、西のヴェステン魔境、東のオステン魔境、南のズューデン魔境の四つがあり、どれも推奨冒険者ランクはC以上となっていますね。」
「やっぱり魔境にも推奨ランクがあるんですね」
溢れたときの被害が大きいなら出現する魔物強そうだからあるとは思ってたけど。
「ございますよ。魔境は浅いところはFランクの魔物も出ますが深いところへ進むほど魔物のランクも高くなっていき最深部になるとSランクやAランクの魔物が出現することもあります。ダンジョンとは違ってどんな魔物と出会うか分からないので対策が立てづらいですし、階層などの区切りもないので浅いところで少し強い魔物と出会うこともございますので四大魔境以外の七つの魔境でも推奨冒険者ランクはDとなっております。」
マリさんから魔境の推奨ランクを聞きさすがに俺は眉をひそめる。だってそうだろう。Dランクっていったら一流って言っても差し支えのない冒険者だぞ。
一流の冒険者になってやっと万全で挑むことが可能。それだけの言葉で魔境がどれほど危険な場所かを物語っていた。
しかし、それだけ危険な場所となると一つ気になることが浮かんでくる。
「それだけ危険ならどの冒険者も魔境には行かずダンジョンに行くんじゃないですか?変異種や階層渡りはいますけど、常に対策を立てられないような場所で戦うよりは生存率が高い気がします。」
「......少し難しい質問ですね。まずは魔境に行く人の大半の理由となることから話させていただきますね。こちらは冒険者の収入についての話になってきます。」
収入という単語を聞くと少し俺の身体が強ばる。冒険者も職業、稼げないなら他の職を探すしかないのだ。
「冒険者の収入は主に換金。討伐された魔物が粒子となって、消える際に落とすドロップアイテムを売るというのが基本となっております。ドロップアイテムは魔石と倒した魔物に関係する素材の二種類あり、価値が高いのは素材の方ですね。魔石はどの国でも資源として使われていますが、どの魔物からでも必ず一個ドロップするので現状そこまで不足していません。しかし、素材は魔境の魔物からしかドロップしないのです。」
は?ダンジョンの魔物からはドロップしないのか?
「それに魔物次第では素材が数種類あり目的のものをドロップしないこともよくあります。なので依頼という形で誰かに目的の素材を手に入れてもらったりするのも珍しくないですね。このように稼ぎに関してはダンジョンより魔境の方が安定した収入を得やすいので、危険でも魔境に潜る人は一定数いるんですよ。」
「......もしかしてさっき言ってたDランク以上の冒険者で食っていける条件って......。」
俺がそこまで言うとマリさんが気まずそうに目を逸らしながら
「......はい。魔境に挑戦することですね。」
だと思った!やっぱりな!
マリさんの説明を説明を聞いて頭を抱える。冒険者が危険な職業なのは知っていた。冒険者だけで食っていけるのが大変なことも。命あったとしても戦えなくなった時点でやっていけないことも。新人の二割近くが一年以内に死ぬこともリゲルさんから聞いていた。でも心のどこかで驕りがあったのだらう。
舐めていた。そもそも騎士団に入れないなら冒険者にって考えがおかしい。命を奪い合って生きる職業を目指す理由とは到底思えない。父さんは人一倍体格が大きい人だ。努力を怠るような人物でもない。それでもEランクを一体相手にするのがやっとと言っていた。冒険者ランクはDにもなっていないだろう。魔境なんてもってのほかだ。だから冒険者を辞めた。
簡単な世界ではない。いや、難しいという言葉ですら足りないとしれない。父さんや母さんは何かあったら帰って来いと言った。上手くいかなかったら帰る。そんな甘い世界じゃないことも知った。
......でも旅をすることの楽しさを知ってしまった。見たことないものを見る楽しさを知ってしまった。新しい人と出会うことの喜びを知ってしまった。次はどんな人と出会えるかなって思っちまったんだ。
父さん、母さんごめん。ちょっと本気でやりたいことできたから畑は継げないわ。覚悟を決めよう。戦場に身を置く覚悟を。
「......分かりました。挑むところですよ。」
「......驚きましたね。まさか急にここまで雰囲気が変わるとは。」
「今しがた戦場に身を置く覚悟を決めたとこです。」
「それは普通魔境へ行って生きて帰ってきた人がすることなんですが?はあ......アズマさんはいずれ大物になるかもしれませんね。」
「最強の冒険者になっちゃったりしたらどうしましょうか。」
「ふふっ。Sランクを筆頭にAランクにも『二つ名』を持つ、物凄く強い冒険者の方々がいらっしゃいます。アズマさんがいつかその方たちと並ぶ日を待っていますよ。ちなみに私の好きな冒険者は『桜姫』と呼ばれる方です。ぜひ一度彼女の戦いをご覧になってください。」
『桜姫』さんか。マリさんがそこまで言うなら覚えとこう。どこかで会うかも分からんし。
そこまで言い終えるとマリさんはずっと開いていた地図を閉じる。
「はい!以上で説明は終了となります。何かご質問は?」
「いえ、ないです。」
途中に散々したしな。
「ではこの冒険者カードをお渡しするのでそちらの魔道具にかざしてください。」
俺はカードを受け取るとそのままマリさんの示してくれたところにあった球体の魔道具にカードをかざす。てかこの魔道具関所にあったやつにめっちゃ似てんな。
魔道具が白く光ったあとは特に何もなく、たぶん登録か何かがされたんだろう。俺には分からん。
「では以上で冒険者を完了とさせていただきます。アズマさん、ご武運を。」
マリさんが俺の目を真っ直ぐと見てその言葉を伝えてくれる。
こうして俺は冒険者としての大きな大きな一歩を踏み出したのだった。
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