第29話 彩子の想い

すがるような弟の声を背に彩子は足立家を出た。もう帰ることもない家だと思っている。私はこの家には要らない存在なのよ。弟が成長して一人前になった。頑固だが立派な社会人だ。私が守る必要も無くなったのだ。少し寂しいような、目標にゴールできたような満足感もあった。「さきちゃん?足立です。今から向かいます」「では妙蓮寺の駅前でお待ちしてます」さきは駅前で待機してくれているようだ

「彩子さんこちらです」改札を抜けると既にさきが待っていた「ああさきちゃん早かったわね?」少し驚く彩子「ええ。駅から近いんで直ぐです」ニコッと笑顔で迎えるさき「彩子さん、こちらです」さきは彩子の横に並んで歩いている「ご実家でもっとゆっくりしなくて良かったんですか?」「良いのよ。もう用もないし。最後に弟と話したかっただけだから…」「最後って?」「あっううん。こっちの話よ。」「彩子さんのご兄弟って弟さんだったんですか?」「そうなの。二人っきりの兄弟でね。もう生意気になっちゃって~誰に似たのかしら」「まるでお母さんみたいですよ?」「そう?うんそうかもね。親御さんは?」「疎遠なの。私達は祖父母に育てられてね。だから祖父母には育ててもらって感謝してるわ。親はずっと別に生活してるから…ああ言うのは親って言うのかしらね?ネグレストの一種かしら?」呟く彩子「えっ。」言葉が出ないさき「いきなり変なこと言ってごめんなさいね。驚かせてしまったかしら」「いえ。彩子さんの弟さんっておいくつになるんですか?」「25歳いえ26歳ね。私と5歳違うから。自分の歳が分からなくなるのよ。あまり気にしてないってこともあるんだけどね。」「彩子さんの弟さんってもしかして徹さんですか?」「あら知り合い?」「同僚です。同期の❗」「年齢が違うでしょう?」「弟さんは、留学で1年遅れては入職したはずです」「ああ。そうね。大学の時にアメリカに居たわ」「やはりそうですか。珍しく急いで帰宅する足立さんを見かけたので。」「慌てて?」「お姉さんを待たせているからって急いでましたよ?いつも各駅停車でのんびり帰るのに急行で帰って行きましたよ。早く会いたかったんじゃないのかしら?」「違うと思うわよ。私が家の鍵を持ってなくて家には居れないからって急かしたのよ。私のことはうるさい面倒な姉位にしか思ってないわよ。」「そんな二人きりの姉弟なんですよ」「私はずっと独立することを考えて大人になったの。弟にも私が居なくても一人で生きていけるように厳しく接してきたの。」「そんな…」「弟は冷たい姉ぐらいにしか思ってないわよ。それで良いのよ。それが弟のためになるの」「彩子さん」

暫く歩いてさきが立ち止まった「こちらです。どうぞ」さきが案内した家の玄関は頑丈な木戸でできた門扉だった「素敵ね。」彩子は思わず見上げて見つめていた「ありがとうございます。どうぞ」さきは自分が2、3歩前を歩いて彩子を待っている。門扉を潜ってからも少し歩いて玄関に到着した

「お客様がいらっしゃいましたよぉ」玄関の引戸を開けてなかへ声を掛ける「素敵なお庭ねぇ。もっとゆっくり見ていたくなるわぁ」「ありがとうございます。」「いらっしゃい。お待ちしておりました。足立様」真理子と宏が揃って出迎えた「突然にお邪魔して申し訳ない事です。足立 彩子と申します」彩子は丁寧に頭を下げた「清水でございます」「まずはお上がりください」スリッパを出してさきが扉を閉める「失礼いたします」彩子は宏の後について応接間へと入る「まぁ、素敵ですね。お庭がきれいに見えるわ」「ありがとうございます。皆さん喜んでいただけるんですよ」笑顔の宏が上座に彩子を案内する「父の自慢の庭です」さきも楽しそうに傍に座る「お茶をお持ちしました」真理子が家政婦の夕子と揃ってお茶とお菓子を運んできた「お母さん座てって…」さきは入れ違いに立ち上がるとお茶を配り始めた「夕子さんありがとうございました」「失礼いたします」夕子はトレーを下げて戻って行く「改めてご紹介をさせていただきます」さきは立ち上がると「彩子さん、私の父清水宏です」「初めまして」「母の真理子です」「初めましてようこそおいでくださいました」「お父さんお母さん足立彩子さんです」「足立です、本日は急な訪問をお時間を取ってくださりありがとうございます。」「早速ですがさきちゃんは佐江子さんとどういう関係ですか?」「佐江子は私共の長女です」「では姉妹なんですか。良く似ていらっしゃるわ。私が救われた佐江子さんとの時間がよみがえりましもの」「救われた?とおっしゃると?」「はい。私は救われらと思っております」佐江子は小学生の頃に弟を連れて家出をしたこと。千葉で補導されそうになった時に佐江子に諭されて帰宅したこと。その後も時々店を訪ねてケーキをご馳走になったこと。話を聞いてくれたこと。突然会えなくなったことを清水の家族に話した。自身は外国に住んでいてたまに帰ると佐江子が戻っていないか店に顔を出したこと等を伝えた「何度も訪ねてくださったんですね。」「娘を覚えていてくださってありがとうございました」「いいえ。私が勝手に佐江子さんに救いを求めていただけなんです」「娘佐江子は、短大を卒業した翌日に家を出しまった。それからは半年に1度の割合で連絡の手紙や葉書をくれた消印はアチコチバラバラでね居場所を探そうにも捜せなくてねぇ。」「それでも最初のうちは興信所を使って捜し出したのよ。でも気が付いて佐江子はまた何処かへ越してしまったの。きちんと独り立ちして顔を出すから待っていて欲しいと。」「無事に居るのならと私達も諦めて半年に1回の便りを楽しみにしていたんです」「それが19年前に途絶えてずっと時間が過ぎてしまって。」「勿論捜しましたよ。でも分からなかったんですよ。」

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