第26話 弟への想い
さきは佐々木夫妻と共に前野家を訪れた「おば様こんにちは」「おじゃましますさきと佐々木夫妻が挨拶する」「いらっしゃいさきちゃん、佐々木さんもお手間を取らせて、こちらから伺えれば良かったんですけど」「いいえ。そんなことないですよ。今日は妻も同行しております。」「佐江子さんのお母さんが御一緒したがったんですが、やはりショックが大きくて。」「今回は、遠慮して貰いました」雄二の言葉を引き継いでさきが答えた「そうですよね。当然だと思います」末子は答えた「紀夫さん達が残したノートのコピーを昨日貰ってきました。ご覧になりますか?」「はい」末子は震える手でコピーを受け取った
暫くコピーに目を通した末子は涙が止まらなかった。「苦しかったでしょう?悔しかったでしょう。佐江子さんも紀夫も…」「私達も昨日読ませて貰いました。どんなに辛かったでしょうか。大事な娘を見知らぬ男性に預けて…自分達が助からないって分かった時の絶望感」「想像できません」皆涙が止まらなかった「さきちゃんは、大丈夫?」「はい。両親がどんなに私を心配してくれてたか知ることができて嬉しかったです。でも記憶はやはりなくて…申し訳ない気がします」「そんな、そんなことないわよさきちゃん。」末子が手を伸ばしさきを抱きしめる「記憶が戻らないのは悲しいけれど今ここにさきちゃんがいてくれて私は嬉しいわ」久美子がさきの手を握る「さきちゃん。紀夫が大事に大事にしていたあなたは、これから幸せにならなくちゃあね。私も遅くなったけれどさきちゃんの伯母としてさきちゃんを支えてあげたいわ。これから親戚として付き合っていきましょうね。」「ありがとうございます、末子おば様よろしくお願いします」「今度佐江子さんのご両親へ会いに行きますからね。親戚として」「はい是非こちらからもお訪ねしたいと思います」
コピーの紙を受け取り末子はさきと佐々木夫妻を見送った
「前野さんは冷静でしたね。」「そうだな」佐々木夫妻の会話を後ろに聞いてさきは末子はまだ実感が無いだけだと思った。「20年近く会えていないと、もしかしたらと思っていたかもな」「そうでしょうね。覚悟を感じましたから。私が同行する必要はなかったわ」「そんなわけないですよ。私は昨日コピーを本当にし見せてもらって眠れなかったです。今朝、久美子おば様が明るく接して頂けて救われました。きっと末子おば様もコピーを読み返してこれから実感すると思います」突然立ち止まった久美子は「あなた、少し待っていてください。私お嫁さんにお話ししてきます」「分かった。ゆっくり話しておいで。さきちゃんも一緒に行くかい?」「いえ私は行かない方が良いかと」「ええ。私だけで良いわ。じゃあ行ってくるわ」久美子は、早足で戻っていった「さきちゃん行こうか?」「はいおじ様」さきは雄二と一緒に駐車場へと向かった「さきちゃんもやはり悲しかったかい?」「はい。記憶はありませんが本当に愛されていたのだと感じました。ただ悔しいのはその愛情に感謝しているのに、感情がわかないんです。怒りとかわかないんです。私は冷たい人間なんでしょうか?」「さきちゃん人はそれぞれ表現の方法が違うものだよ」「それにさきちゃんは優しい娘さんだ。冷たいなんてあり得んよ。」「そうでしょうか」「さきちゃん。私も色々な事件や事故に関わってきたよ。人も色々だよ。感情的な人もいる、だからって泣き叫ぶ訳じゃないんだ。表現も色々だよショックが大きいほど泣けないものだよ?いつかふっと涙が出てくるかもしれないよ。」「なんだか自分が冷静で怖くなるんです。大事な感情が欠けているんじゃないかと」「どこかで物事を冷静に見ようとしているんじゃないかな?幼い頃から無意識に。」「無意識に…」「記憶がなくなって感情をぶつけるところがなかったんじゃないかな。」「…」「心配しなくてもさきちゃんは良い娘さんだよ。枝里子がずっと探していたんだから」「ありがとうございます。清水の両親にも感謝しているんです。結果的には祖父母だったんですが」「本当にね。小説みたいだな」「ええ。」
一方久美子は前野家のインターフォンを押した「はーい」「あら佐々木さん…」久美子はこれから現れるであろう末子の戸惑いや感情をどう対処した方が良いのか何かあれば自分にも連絡をしてくれと伝言した「きっと実感がわかないんだと思います。弟は元気でいると言う想いがあったはずで、やはり覚悟は心の片隅にはあったと思うんです。でもね何かの拍子に弟はもう会えないと思うと辛いはずです」「私は思い上がっていました。末子さんの冷静さに覚悟をしていたからだとおもっていたんですが、これからじわりじわり来るかも知れないです。ご家族の方に気遣って貰うのが一番だと思うのでふさぎ込むのもあると思いますが、お話し相手になってあげることが一番だと思います。」「そうします。わざわざ引き返して来て下さってありがとうございます」嫁ののぞみは普段から末子の様子を良く見てくれているようだった
久美子は伝えるだけ伝えて夫とさきの待つ駐車場へ向かった
「お母さん、今日は外でお茶飲みませんかぁ。」「あら良いわね。ケーキも頂きましょうか❗」「すぐ支度しますね」末子は気分転換にと外へ出た「良い天気で良かったわ」
末子は嫁が自分を気遣い外へ誘ってくれたことに気付いていた。まだ読み始めたばかりの弟夫婦の手紙、いや遺書に近いだろうか…助けを求めても無駄と分かった二人の気持ち。娘のさきを思いやり、死ぬに死ねないと悔しさが伝わる。あの日、泊まっていきなさいともっと強く引き留めていれば起きなかったかもしれない事故。またねといつものように手を上げて帰っていった弟の笑顔が目に浮かぶ。あれから19年経ったというのに
「お母さん、ケーキはどれが良いですか?」「レモンケーキってあるかしら?」「レモンケーキ?メニューにはないみたいですよ?聞いてみましょうか?」「良いのよ。ありがとう。ではチーズケーキを頂くわ」「はい。」嫁は席を立ってオーダーしている「ここにボタンがあるからわざわざ行かなくて良かったのに。のぞみさんったら」そう言いながら涙がこぼれていた
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