第11話 父の絵本

翌々週、さきは佐々木親子と共に出版社を訪ねた。出版会社は、はぐくみ出版社という社名だった。件の出版物の問い合わせに先方も驚いた様子だった。元の担当者は退職していて先方の都合で翌々週に会うことになったのだ。

会議室へ通されたさきと枝里子と枝里子も父雄二を待っていたのは当時の担当者の長崎だった。「あぁ、西寺さん、奥さんだ」呟いた長崎はさきへと歩み寄る「あ、あの」驚くさきに「スミマセン。娘さんでしたね。本当によく似ていらっしゃる-」長崎は、夢でも見ているように手を伸ばした「ちょっと失礼」枝里子が二人の間に割り込んだ「申し訳ないです。」となりの編集者の男が謝罪した。「本当に失礼を。私はずっと西寺さん達が何処かで生きていると信じていました。社にお願いして何度も捜して貰ったんですよ。」「それはご迷惑をおかけしました。こちらも急に連絡をしてご無理をさせてしまって申し訳ないと思っています」「紀夫さんはどうしているんですか?何故急に姿を消してしまったのでしょうか?」「判りません。西寺ご夫妻が現在どこにいるのか不明です」「そんな、でも娘さんはここにいるじゃないですか?」「私、記憶喪失で何も覚えていないんです。ですから父親と言われても分からないんです」「DNA鑑定は間違いなく親子であると証明されています」傍にいた枝里子の父が検査の報告書手にしている「記憶喪失?そんな小説みたいな事って…」編集者が呟く「そうですよね。当然です。私も訳が分からないままです」さきは長崎と編集者に向かって答える「取りあえず腰を落ち着けてこれまでの知っていることをお話出来ればと思います」編集者が話を進めた「あのぅ折角なので録音してもよろしいでしょうか?そう何度もご足労をお掛けするわけにもいきませんし。」「ええどうぞ。でも20年前の事ですのであやふやなこともあります。それを何かの証拠にされるのは困りますが?」「まずい事でもあるんですか?」「枝里子、やめなさい。」雄二が被せるように声をかけた。「失礼しました。もめるつもりは全くありませんよ。つい職業病が出てしまって。申し訳ないです。」「お父さん。…そんなつもりじゃなかったんですが、失礼しました。」「では、20年前の契約時のお話から-」「はい。でもその前にそちら様もICレコーダーを準備していただいて同時に録音した方がよろしいのでは?」さきの提案に「うちもですか?長崎さんは必要ですか?どうします?」「私は、携帯に残しておきます」バッグを探って枝里子のレコーダーの横に並べて置いた

長崎の話によると西寺紀夫は絵本作家のコンクールに応募して優秀作に選ばれた。当時の発表記事も新聞の片隅に載っていた。その後契約をかわす時点で3作出来ていることが判明しシリーズものとして続編を出す予定であった。紀夫自身は生活が安定するまでは、二足のわらじでいくと断言し次回作については3作品の状況を見て出すこと、作品自体は紀夫が書き溜めしておくということで収まったそうだ「とても優しい、可愛いお話だったんですよ?」「今も保育園や幼稚園こども病院とか施設とかで読まれていますつづきはないのかという問い合わせだってあるんです。」編集者が答える「本当に素晴らしい絵本なんですよ?」長崎の声はいつしか泣き声混じりになっていた

「本当にありがとうございます。何も覚えてはおりませんが私の父が素晴らしい絵本作家だった事が判って良かったです。」長崎の対応とは裏腹に冷静に事実を確認しているさきに雄二は違和感を覚えるの「さきちゃんは、気になることあるかい?」雄二の声に「いえ、何だか私がここにいて良いのか?本当に私で良いのか?という気持ちが強くて…。長崎さんがこんなに話して下さっているのに私は何と薄情なのでしょう。ごめんなさい。」「そんなつもりじゃないんです。私は西寺さんにまた会えたことが嬉しいんですよ。私の事を、覚えていなくても当然です。まだ4、5歳くらいの子供だったんですよ?私はこれで編集者としての仕事が終えられます」と息を着いた「長崎さん…」となりに座る編集者が声をかけた「少し席を外します」長崎は真っ赤になった目元を擦りながら席を立った「長崎はずっと西寺さんを捜していたんです。定年を向かえても嘱託で残りながら西寺さんにいつか会えるんじゃないかって…。長崎は西寺さんの作品を担当したことで認められて編集長に抜擢されたんです。西寺さんを見出だした力は新たに他の作家さんを見出だし、成長させて来たんです。役員になってからも作家を私達後輩を育ててくれました。長崎が退任する時の挨拶に西寺さんの名前がありました。西寺さんが何故居なくなったのか?見つけ出したい。また彼と絵本の話がしたかったと言っていました。」「どうしてそこまでこだわったんでしょうか?」枝里子は尋ねた「西寺さんの作家としての姿勢って言うんですかね。売れるんなら今のうちに売り込もうと考える人が多いなかで西寺さんは売れりゃあ良いって訳じゃない。生活が安定するまで本業にはしませんと言われたそうです。そりゃうちの方としては売れたら儲けですからどんどん書かせたいですよね?売れるうちにって…西寺さんは編集者こそ作家の生活に責任をもって対応しなけりゃいけないんじゃかと…」「真面目な方でしたからね西寺さんは…」「おじ様?」「本当に責任感の強い方でしたなぁ-私もよく注意されましたよ。」「父さん?」「仕事で帰るのが朝方になるでしょう?うちは家内も看護師で夜勤だったりで娘を私の両親に預けっぱなしも多くて。毎回とは言いませんが枝里子ちゃんはお父さんとお母さんが誰だか判らなくなりますよって言われたよ。」「そんな刑事なんだからしょうがないじゃない?」「子供の枝里子には関係ないって…そんな時こそ寝る間を惜しんで枝里子ちゃんを保育園に連れていってみろって‼️」「あっそう言えば急に父さんが手を繋いで学校に連れていってくれたことがあった。」「紀夫さんに抱っこしてやれって言われた。でも枝里子が恥ずかしいって言うからやめたんだ」「紀夫さんにうちに泊まると枝里子が一番自分に抱きつくって言ってさ。コミュニケーション不足ですよって指摘された。」「そんなこと考えてないよ?」「だから迎えに行く時はたまに一緒に行って抱っこで帰っただろう?」「そうだっけ?」「保君も一緒に抱っこしたんだぞ?」「覚えてないわよ。そんな昔の話。ここで必要な話じゃないわよ❗」「西寺さんはとても子煩悩な方だったんですね」「ええとても」雄二が答えると「残念です。思い出せなくて…」さきが呟く「さき」枝里子が抱きついた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る