37 クロード王子


 フェニックスは毎日領地を回っている。

 のんびりと頭上を舞う鳥は見ようによっては揶揄しているようにも見えるか。

 ある日、キレた殿下が、

「見せしめにあの鳥を殺せ」と兵士に命じた。

 王国軍の矢が一斉にフェニックスに射かけられる。だがその矢がフェニックスに届くことは無かった。鳥はゆっくりと羽ばたいてそのまま上空を通り過ぎて行く。


 自尊心の高いクロード殿下はいよいよ怒り狂った。

「ええい、揶揄っているのか! 矢で駄目なら次は魔法で攻撃せよ!」

 翌日はフェニックスが通るのを見計らって、火の攻撃魔法が放たれた。


 私たちは王国軍の近くまで様子を窺いに出向いていた。赤い火球がゴウゴウと唸って飛び、次々とフェニックスに襲い掛かる。

「フェニックスに何という事を!」

「領地が焼き払われてしまう」

 ああ、酷い。なんてことをするのだろう。

 私はこの国の疫病神なのか。この国を潰してしまうのか。めちゃくちゃにしてしまうのか。


 しかしフェニックスがその場で羽ばたくと、白い光がまき散らされて火球は次々に消えて行った。火炎攻撃は無効になってしまった。この地を守っているかのように。

「フェニちゃん……」

「すごいなあ、あの子は」

「生まれた時は何かと思ったが大したものだ」

「さすがメリーの子だね」

「フェニちゃんは素晴らしいのですわ」

「まことに」


 白い鳥は何事もなかったかのように領地をめぐって行く。

「くそう、別の手段は無いか」

 クロード王子は地団太を踏んで叫んだ。

「恐れながら──」

 一人の人間が進み出た。



  ◇◇


 王国の公証人から手紙があって、呼び出された。

「お一人でご覧になりますように」

 私が一人でいる時を狙われた。

「こちらに来ておられます。案内いたします」


「あちらに」

 と言われてそちらを向いたのが不味かった。男は後ろから私を羽交い絞めにして、隠し持っていた布切れで口を覆った。

「うっ!」

 バカだ私は。散々自分でヒツジを使っておきながら、これに引っかかるとか。



 気がつけば王国軍の陣幕に両腕を縛られて転がされていた。

 領地の中は守られていたが、ここは領地の外だ。

 兵士が何人か見張りに立っていて、私が起きると誰かを呼びに行った。


 暫らくして兵士が陣幕を上げると、クロード殿下が入って来る。忌々しそうに斜めに私を見下ろした。

 戦場窶れか不摂生が祟ったのか、金の髪はそのままだが目元に隈と弛みが出来ている。幾つなのかね、王子は。まだ19歳くらいよね。

「久しぶりだな。そのように髪を切っていると平民そのものだな」

 憎まれ口をたたく。


「どうして公証人を知っているのですか?」

「マイエンヌ侯爵が知っておる。領地の手続きが上手く行かぬと申しておったが、あの爺は死んでも私の邪魔をするか」

「エメリーヌと婚姻なされば領地も継げるでしょうに、何故マイエンヌ侯爵を追放なさったのです」

 クロード殿下とエメリーヌが結婚すれば、公証人が何を言っても王家の力で何とでもなる筈だと思うのだが。

「アレは煩いし遊びが過ぎるゆえ、修道院に送ったのだ。役立たずの侯爵など、もういらぬ」

「そんなこと、国王陛下が許されたのですか?」

「お前は煩い」

 煩いとかそういう問題ではないだろうに。私が生きているから、公証人は私が受け取るものだと主張しているのだろう。

 もしかして、私が死んでも侯爵のものにならないのだろうか。そして国が召し上げても、クロード殿下のものにならないとしたら……。


「これが何か知っておるか、隷属の首輪だ。お前なぞ奴隷で良い」

 クロード殿下が首輪を投げる。その場にいた者が受け取って私に近付く。

「薬も沢山ございますぞ。よい思いをさせてやりましょう」

 クロード殿下の後ろに見知った男がいる。商会頭のゲルハールトだ。何で?

「お前の所為でケプテンに居られなくなったのだ。償いをして貰おう」

「呆れた……」

 二代目か三代目か知らないが、あの破戒僧と組んで折角の自由都市ケプテンを腐らせるところだったじゃないの。


「この女もよいな。あの時は分からなかったがプラチナブロンドではないか、薬漬けにして奴隷にしてしまおう」

 ゲルハールトの歪んだ笑いにぞっとする。

「その顔が崩れるまで、たっぷりとな」

 クロード殿下まで同じような顔をする。どこで壊れてしまったのだろう。

「あんたの趣味って……、そんな首輪をしてたら遺産なんか受け取れないわよ。そんなことも分からないの!」


「お前はいつも馬鹿にしたようにその目で見る。気に入らんのだ。泣いてひれ伏すがいい。お前をめちゃくちゃにしてやろう」


 振出しに戻ってしまったのか。

 この王子によって凌辱されて殺されるのが、私の運命なのだろうか。


 いいえ、私はやっぱりアルトと一緒にいたい。

(ヒツジ出て!)

 大きなヒツジが出た。睡眠ガスをモクモクと吐く。


「こんな物!」

 ゲルハールトがヒツジを捕まえようとするが、空に舞い上がって捕まらない。上空からモクモクとガスを吐き出す。だがここは屋外なので、折角の睡眠ガスも風で流れて効果が薄い。

「攻撃しろ!」

 王子の命令で、兵士が槍やら弓で攻撃する。魔導士が出てきて火炎攻撃をした。ヒツジは燃え上がって、黒焦げになってパタリと地上に落ちた。

 ああ、壊されてしまったわ。ごめんなさい。


「きさま、良くもやってくれたな。覚悟しておろう」

 両手を後ろ手に縛った私の襟首をつかんで殴った。

「きゃ!」

 痛い。これが私が仕出かしたことの償いなら安いものだろうか。

 精一杯、睨むともう一度手を上げる。

 ニヤリと笑って、今度は王子は拳を握った。


 が、王子の拳骨が来ることは無かった。

 アルトの飛び蹴りが決まって、横にぶっ飛んで行った。

「メリー!」

 アルトは私を抱いて王子を睨みつける。

「このガキが!」

 ゲルハールトが叫ぶ。

「きさま!」

 アルトに吹き飛ばされたクロード王子が見苦しく叫ぶ。

「取り押さえろ! 殺しても構わん。殺れ!」

「何て事を!」

 私たちの周りを兵士と魔導士が取り囲む。

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