36 突然の終了
猟師小屋が建つ山の頂上に大きな木があって、枝が鳥の巣のように伸びている。フェニはその木が気に入ったのか、そこに住まうようになった。
「この辺りは雪が降って積もるからフェニの家がいるんだ」
ノアは猟師小屋をどんどん拡張して、力仕事はオクターヴやスヴェンに任せ、ノアとアルトが魔法を駆使して、広いサンルームを作り、巣やら止まり木やらを設置していった。私の【救急箱】からは《床材、壁材、断熱シート、断熱ガラスサッシ等》が出て来て、柱の間に断熱シートを入れて、パネル式の壁材に壁紙シートを張ると、皆呆れてしまった。
「こんなに簡単でいいのか」
「急場だからこれで我慢して」
「我慢ってレベルじゃないよな」
「出入りは両扉でフェニが開けるようにするか?」
「ミモは扉が閉まっていても出入り出来るのだけど、フェニはどうなの?」
『ピュルピュルピー』
フェニはあっさり部屋の中に入った。サンルームの中をトタトタと歩いてチェックして止まり木に落ち着いた。
「ドアは俺達のだけでいいんだな」
「こっちが本宅で、あっちが別宅ね」
『ピュル』
私たちは猟師小屋に留まって、部屋数だけを増やし一緒に住まう事にした。まだどんな事が起きるか分からない。帝国にもコルディエ王国にも、このマイエンヌ侯爵領にしたって何も言ってない。断って住めばバレた時にマイエンヌにまで迷惑がかかるのだ。
アデリナは祝福の祝詞を上げ結界を張る。
「何だかフェニに祈りを捧げると、自分の力が受け入れられて、どこまでも広がって行くような感じがします」
とても幸せそうにしている。
領地ではフェニックスは信仰の源、大切に守り育てる。
フェニがその優美な姿で領地をぐるりと回って巣に帰ると、そこが住居と知れてみんなで大切にするようになった。朝に夕に飛んでいる鳥を見て手を振る。
不心得者が現れたらみんなで排除した。
◇◇
フェニックスが飛ぶようになって、領地の人たちは私たちがこの地に居る事を薄々知って、何くれとなく便宜を図ってくれる。
すでに山の麓に家が建ち始め、街道も整備され始めた。別館がある湖の畔には立派な桟橋があって、湖から他の領地や他国にも行ける交通の要衝になる。
その桟橋から広い道が出来上がりつつあった。湖の向こう半分は男爵領だし、湖から流れる川を下れば商業都市から帝国に行く途中に通った急流だ。
ある日、コルディエ王国のクロード王子から手紙が来た。
「どうしてここに居る事が分かったのかしら」
此処に隠れ住んでいることが王子にまでバレてしまったのだ。
「まあ、バレるだろうな」
オクターヴが言う。私には他に行くあても無いし、鳥が飛んで、人が集まれば何事かと思うだろう。怪しいと調査も来るだろう。
グーリエフ伯爵と連絡を取っているというから、早晩王家にも情報が行くという事か。王家の情報もこちらに流れて来ているし。
国王陛下が優柔不断で第一王子と第二王子は争ったままだ。国中が二分され貴族同士が争う中で、この領地だけが取り残されている。静かなるマイエンヌとはよく言ったものだ。私がこの領地に居る事で、また違った局面になるのか。
帝国はどうしたのか、この局面においても何も手出しする様子が無い。
いや、手出しされたらこの地で戦が繰り広げられる可能性もある。
最近はノアだけでなくアルトとオクターヴが一緒にどこかに行っていることもあるし、スヴェンとノアが動いたり、アルトとノアが動いたりと忙しそうにしている。
私もどこか行けばいいけど、実を言うとこの白き山を見て、フェニックスで癒されていて、ここでのんびりしたいのだ。
「ここの領地安堵をするから協力せよ、だって」
開いたクロード王子の手紙をみんなで回し読みした。
「何と自分勝手な」
「みんなの処遇まで書いてあるのか」
「帝国の皇帝と同じような真似を──」
本当に誰も彼もステレオタイプだわね。
「私は罪人だし、この地に住まう権利は無いわね」
「その件は冤罪だと周知されて、罪状は取り消されている」
「あら、そうなの?」
いつの間にそうなったのだ。
「エメリーヌは罪を着せられて修道院に送られたそうだ」
言葉もなくてため息を吐く。あの王子のやりそうなことだわね。
「父と義母はどうなりましたか?」
あまり聞きたくはないけれど。
「貴族籍剥奪で追放された」
それは……、頭が考えるのを止めた。首を横に振って、何も言えずに喘いだ。
私の母は父に殺された。父は私も殺そうとした。
今、彼らは生きているのかいないのかも分からない。
どう考えていいのか分からない。
泣いたらいいのか笑ったらいいのか。
私の成敗は突然終わってしまった、……のか。
「……でも、修道院に行く時の護衛の兵士たちの事は?」
やっと言葉が出せた。あの爆破は私がやったのだ。
「知らんな。魔法の痕跡も無かったし、何が起きたか分からない、という事だ」
「まあ──」
まだ何か言おうとした私をアルトが遮る。
「メリー、僕たちがオクターヴの映像を見ても何が起きたか分からなかったよ」
「そうですわ、メリー様。わたくしたちに出来るのは祈る事だけですわ」
「フェニックスもいます。帝国に卵も置いています」
アデリナとスヴェンも被せて言う。
そしてノアの新情報が──。
「そうそう、メリー。あの卵ね、皇妃のとこに行ったんだよー」
まあ、じゃあいよいよアルトの成敗が始まるのか。
何だか、みんなに上手に宥められたような気がする。
クロード殿下に丁寧にお断りの手紙を出すと、軍勢を率いてやって来た。
「従わなければ潰すまでだ」
持って回った言い方より、いっそ清々しいわね。
「この地を壊す訳にはいかない。私が出頭すればいいのなら」
まだ利用価値があるのなら殺されないだろうか。だが一度は殺そうとしたのだ。要らなくなったら、またゴミ屑のように捨てるだろう。
「お待ち下さい、メリー様。わたくしもそう考えた時もありました。でも、わたくしが出ても、いいように利用されて終わりなのです。メリー様もですわ」
アデリナが引き留める。
「あちら側ではなく、こちらに居て下さい。出来る事は多いですわ」
でも何が出来るというの。もう終焉の卵なんて出したくないんだけど。自分の無力さを思い知らされるわね。祈るしか出来ない。
コルディエ王国軍はマイエンヌ領の前で止まって先に進まなくなった。
そんな所に留まってどうしたいんだろう。いや、進軍してきた方が不味いのだが、軍を動かすって大変だと聞いたことがあるけれど。
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