25 巨大スクリーンで上映会


「ねえメリー。水魔法がレベルアップしたら氷魔法が使えるようになるんだ」

 アルト、そういえばこの前のシャワーでレベルアップしたかも。

「もう使えるんじゃない?」

「え、そうかな?」

 コップを出して『アイス』と唱える。

 ころりん、と氷が転がった。

「あら、使えるわ」

「氷でそのスクリーンを作ってみたら?」

「うん、分かった」


『アイススクリーン』

 テレビの画面くらいの四角い平べったい氷が出来た。

 よし、これを並べて、たくさん、たくさん。

 もっと、もっと、大きく、大きく、大きく。

「一体何を作る気だ」

「みんなが見れるようにしたいのよ。神殿の横に設置できないかしら」

「分かった『浮遊』」

 アルトが風を操って、神殿の横に巨大なスクリーンを設置する。

 空に輝く氷のスクリーンが出来た。

 急造でちょっとヒビが入って形が歪だけど上出来よね。

 神殿から司祭や兵士が出てきて騒ぎ始めた。


「ミモ、宗主カルロ・マデルノ分かる? 宗主が出ているシーンだけでいいからね。あのスクリーンに映し出して、出来る?」

「ぴよ!」

 私の言ってる意味が分かるんだ。ミモは頭がいいな。

「さあ、行って」

「ぴよー!」

 ミモが飛んで行く。不意に空が暗くなる。

 暗い空に輝くスクリーン。

 魔法ってすごい。ミモも凄い。ちゃんとあのシーンだけを映し出している。

 アルトが風魔法で声を遠くまで送り届けたものだから余計に騒ぎになった。


 映し出されるスキャンダル。何事かと外に出た人々が、あんぐりと口を開けて見ている。やがて顔を顰める。悲鳴を上げる人も居る。泣き出す人も居る。


 鬼(宗主)がいない内に、私たちはこのイスニ真教国のあちこちで上映した。

 一代ポルノを。

 私、猥褻物陳列罪で捕まる!



「メリザンド、お前よくこんなことが出来るな」

 オクターヴが呆れている。

「あの方が上にいらっしゃるからこそ、この国はあるんだ」

「誰の味方をしているの? 上に誰も居なくても、この国は滅びないわよ。人が居る限り国はある。その名前が変わってもね」

「まとめる奴が必要だ」

「誰かがやるわよ。バカじゃなきゃいいのよ」

「何と無責任な!」

 ああ、煩いなあ。あんたのいう事は分かる、分かっているけど。


「あの、わたくし、わたくし逃げたかったのでございます」

 アデリナが手を組んでオクターヴを遮る。

「でも、ミモのあの映像を見て、わたくしにも何か出来るんじゃないかと思ったのです。告発したのはわたくしでございます。メリーさんじゃなくて、わたくしを責めて下さいませ」

 アデリナが私を庇う。

「これを放置して、アデリナ様と逃げようとした俺を責めてくれ」

 スヴェンがアデリナを庇う。


 アルトがオクターヴと私の間に入る。

「ねえ、知ってる? メリーはまだ子供なんだ。必死になって強がっているけど、本当は震えている子供」

「アルト……」

「人が死んだら泣いて、人を殺したと言っては震えて、僕が泣いたら一緒に泣いて、眠れなくてうなされて、僕みたいな子供に縋り付いて──」


 どうして涙が出るのかしら。


「どうしてその手を離せる? 僕はまだ子供で、何の力もないけど、この手を離したりしない。ずっと一緒に居る」

「アルト……」


 私、違うのに、全然そんなんじゃないのに。

 人に言われると恥ずかしいわね。

 恥ずかしくて仕方がないのに、

 涙だけが、ころんころんと落ちて行くわ。


「泣かないで、僕だって泣いちゃう」

「わたくしも泣きます」

「俺だって」


「俺、悪者じゃないか。こんな筈じゃなかったのに」

 さすがのオクターヴも弱音を吐いた。

「おいらがいてやるよ」

 どこまでも綺麗に笑うノア。

「まだ使えるしな」

「俺は魔獣か?」

「ふふふ」



  ◇◇


 イスニ真教国は狭い。真教都ガデリと3つの都市の他は小さな村ばかりだ。3つ目の都市でスクリーン公開を終えた。さあ、何処に帰ろうかと思っていたとき、そいつが現れたのだ。


「よくもやってくれたわねえ、ノア」

 白銀の髪、金の瞳の美女。

 聖女ジュヌヴィエーヴが私たちの前に立ち塞がった。




  ◇◇


 それより少し前の、自由都市ケプテンの屋敷奥の会議室。


 いちばん奥の立派な会議室で、最初に目が覚めたのはフッガー将軍だった。

「うかうかとやられてしまったか」

 自嘲気味に呟くと、もう一人が目を覚ました。

 ギルドのギルマス、ジャック・マルケである。

「逃げられてしまったな。どこに逃げたんだ、遠くには行けまいが」


 そのふたりの目の前に忽然と現れたのは、白銀の髪金色の瞳の美女である。


「何を呑気に寝ておられるやら」

 聖女ジュヌヴィエーヴは呆れたように腕を組んで部屋を見回す。

「これは聖女様」

 かしこまったジャック・マルケには目もくれず、つかつかとまだ正気に戻らない宗主カルロ・マデルノに歩み寄る。

「宗主様!」

「う……、む……」


「彼奴らはイスニ真教国で好き勝手しておりますぞ。すぐに兵をお出しください」

 服の襟元を掴んで揺する。

「ちょっとお待ちを。好き勝手とは?」

 不審に思ったジャック・マルケが聞くとため息とともに吐き出すように言った。

「わたくしと宗主様のあられもない姿を、どういうものか空一面に大声で流しております」

「そのような事が出来るのか?」

 ようやっと起きた宗主が頭を押さえて聞く。

「何を寝ぼけて、国に帰ってご覧召されよ」

 聖女は宗主カルロ・マデルノを連れて会議室から消えた。



「アレは転移の魔法だ、何処に行ったのだ」

「イスニ真教国だろう。彼らも誰かが転移の魔法を使ったのか」

「ちょっと待て」

 フッガー将軍が立ち上がるのをギルドのギルマス、ジャック・マルケが引き留める。将軍は上からギルマスを睨んだ。

「何だ」

「俺は撮影の魔道具を設置していた」

 フッガー将軍が片眉を上げる。

「聖女にかかわる事だからな。他の国に対しても配慮がいる。会議の様子は撮影してある。あれがまやかしとも思えんのだ」

 ギルマスの言葉に渋い顔のまま肯定をする。

「まやかしではないだろう」

「何故断言する」

「こっちにも事情があるのだ」


「それにしても、聖女がとんでもない事を言ってなかったか?」

「む」

 将軍はもっともっと渋い顔になった。

「わしはこの国をサッサと出る。いいな」

「分かった、早いとこ出てくれ」

「後は任せる。わしの交代はすぐに寄越そう」


 フッガー将軍が部屋を出て行く。まだ寝ているゲルハールトをチラリと見て、ギルマスはため息を吐いた。

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