26 聖女と戦闘


 宗主カルロ・マデルノは聖女ジュヌヴィエーヴに連れられて、イスニ真教国の都市のひとつに来ていた。

「こ、これは何だ!」

 空に輝く巨大なスクリーン。

 そこに映し出された映像はとんでもないモノであった。


 聖女と自分の痴態と、逆さ吊りの聖女見習いの死体。

『この子はあまり良くないわ。今度は金髪のあの子がいいわ……』

『……アレはゲルハールトが執心しておるが……』

『ふふ……まあ、抜け目のない下衆が。ベッドに並べたいのかしら』

 あの時のセリフまでが風に乗ってはっきりと伝わってくる。


 街の住民は呆然としている。

 やがて誰かが叫ぶ。

「あいつが、あいつが何で──」

 画面を指さして絶叫する。

「俺んとこも帰って来なかったが、まさか──」

「きゃああーー、人殺しーーー!」

 住民がパニックを起こす。



「わあああーーー!! なんてことだ。私は、もうお仕舞だ。破滅だ」

「何を言っているの、兵を早く──」

「全部バレた。もはや逃げる以外にない」

 宗主は聖女に背を向けイライラと命令を下す。

「早く離宮の別邸に連れて行け。財産をすべて持ち出すのだ」

 聖女が黙っているのを見て叱り飛ばす。

「何をしている、早くしろ!」


 聖女は腕を組んで男を見ていたが、やがて赤い唇の口角をあげて笑う。

「そうか、ならもうお前に用はない」

 怪訝に思って振り返った男に手を伸ばす。

「望み通り、破滅しておしまい!」

「うわあああーーーー」



  ◇◇


「よくもやってくれたわねえ、ノア」

 白銀の髪、金の瞳の美女。

 聖女ジュヌヴィエーヴが私たちの前に立ち塞がった。



 場所は最後の都市でのスクリーン公開を終え、一息ついた森の中だった。

 大活躍をしたミモは疲れて私の陰に入った。

「ああ、ミモが、どうしたの? 消えたの?」

 慌てふためく私にノアが教えてくれた。

「また力が戻ったら出て来るよ」

「そうなの? ごめんなさいね。こき使っちゃって」

 半泣きで詫びを入れる私を見守る面々。


 すでに日は落ちかけて黄昏時、

 一同集まって、取り敢えずお茶でもと思った矢先である。

 夕陽を背にまっすぐに立つ聖女の白銀の髪は赤い日に染まって、暗い顔の中で金の瞳だけがギラリと光る。

 怖気を震うのに十分な姿であった。


「ノア、きさまわたくしに逆らいおって」

 ジュヌヴィエーヴはノアを睨み憎々し気に吐き捨てる。

「え、知り合いなの?」

 びっくりしてノアを見る。


「おいらの組頭だ。おいらが田舎にいたら呼び寄せて手伝わされた」

 どうもノアの上司らしいが。組頭って何? 槍隊とか鉄砲隊とかの隊長みたいなものだろうか。


「半魔のお前を引き上げてやったのだ。感謝しても罰は当たるまい」

「おいら田舎でのんびりする方がいい。でもまあ、メリーに会えて良かったけど」

「ほうれ見ろ、わたくしのお陰じゃ」

「人の手柄、横取りすんない」


「ねえ、メリー、あいつら魔族だよ」

 側にいたアルトが小さな声で言う。

「魔族……?」


 かつてこの世界には魔族がいた。エルフも竜人も獣人もいたという。

 しかし彼らは能力が高くて長命の所為か繁殖力が低くて、いつの間にか数を減じていった。現在は彼らの隠れ里が何処かにあるという認識でしかない。


「お前などは半端な半魔、わたくしの半分も魔力がないくせに」

「これで十分だよ!」

「寿命も短くて弱い、人と魔族のハーフの半魔のくせに」

「人と生きるには、アンタみたいな魔族よりマシだよー」

「半魔が言いおって」


 ノアとジュヌヴィエーヴの言い合いをボケらと見る。

 魔族とか半魔とか言っても見分けがつかない。

 どちらも美人だし、ただの言い合いにしか見えないんだけど。


「もうあの国にはいられぬ。彼奴らはどうせ、わたくしの所為にするだろう」

「宗主様はどうしたの?」

 あの、人を馬鹿にして、何があっても笑ってそうなオジさんは?

「あいつは食って来た。お前たちも食ってやろう」

「魔族って人を食べるの?」

 ちょっとびっくりだ。

「おいらは食べないよ!」


 魔族って力が強いから、裏切ったらあっさりぶっ殺しちゃうんだな。

 いったん引いて、仕切り直しとか潜伏とかしないのかな。

 どうしようコイツ、眠らせてもダメかな。


「さあ、聖女をお出し。聖女の血は美味しいのだ」

「スヴェン!」

 アデリナは悲鳴を上げてスヴェンに縋り付く。

「大丈夫です、俺がお守りします」

 アデリナはスヴェンに任せた。


「ノア、卵は?」

 まだ孵ってないのかな。ドラゴンとか強そうだけど拙いかな。

「まだダメだよ。こいつに食べられちゃうよ」

「そうなの」

 どうしようこんなの。何か強そうだし。

「あの白い豹リーンは?」

「卵についてる。他は弱っちいのしかいねえ」

 ノアは剣を抜いた。

 オクターヴとスヴェンも剣を抜く。アルトはクロスボウを構える。アデリナは少し後ろに下がってみんなに結界を張る。

 私って役立たずだな。


 しかし落ち込んでいる暇は無かった。

 聖女の手が節くれだって爪が伸びて、牙が生えて角まで出て、その伸びた爪を不意にアデリナの上に伸ばして来るのだ。


「氷!」

「キン!」


 私は人より少しだけ素早い。だから馬車の中でも爆発物を投げてシールドを張ることが出来た。一歩だ、たったの一歩だけど、その差は案外大きい。

 ただ聖女の爪を弾いたけれど私の力は弱い。受け流すだけで精一杯だ。


 みんなの攻撃が集まって、聖女は身を躱して一歩引くしかなかった。

「おのれ!」

「くそう!」

「まだまだ」

 剣戟が響く。ノアもオクターヴもスヴェンも強い。だけど聖女様は魔族だった。三人を相手にびくともしない。隙を見せればこちらに手を出してくる。


「アルト、雷撃しよう」

 私に出来るっていったらこれだけだ。

「わかった」

『アクア』

 水を聖女だけに絡ませる。

『雷撃!』

 バリバリバリチュドーーーン!!!!

 おお、前より威力が上がっている。


「ククク……、効かぬのう」

 赤い日の名残りの中、スラリと立った聖女は不死身なのか。

「魔法が効かないの?」

 死なない。不死身なの?

「まだやる気?」

 強がって聞いた。

「逃がすものか、お前らすべて食べてくれようぞ」

 金の目を光らせて言う。まるで魔王みたいに凶悪化しているし。

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