24 ケプテンの大人衆と話し合い


 部屋が明るくなった。ミモが戻って来る。


「ふふふ……、何の余興でしょうね。私を貶めて何をなさる気か」

 美しい宗主カルロ・マデルノが笑っている。

「何がなさりたいのか、分かりませんね」

 怒りを宿した瞳で、だが余裕の顔で。


「我々にこれを見せて何がしたいのだ。我々が喜ぶとでも?」

 ゲルハールト商会会頭が凄んで、他の面々も追随する。

「そうだ、そうだ」

 これはウェイデン伯爵か。誰かの腰ぎんちゃくっぽい。貴族じゃないのか、矜持は何処に行った。

「わざわざこんな所に呼びつけて、このような下劣な作り物を」

 そこで宗主は言葉を切った。

「ちゃんと始末をつけていただけるのでしょうね」

 最後は誰に向かって言ったのか。


 貫禄かな。後ろにイスニ真教国の大勢の信者がいるんだし、たった5人の子供、オクターヴを入れても6人で何が出来るというのか。

 ケプテンはイスニ真教国との戦争は回避しなくちゃいけない。そして、この人の横暴はどこまでも続くのだろう。それとも私たちが始末されたら、少しは矯正され大人しくなるのか。私たちはその為の捨て石、犠牲。なのだろうか。

 どちらにしてもこのゲルハールト商会頭が、私たちの味方をしたり庇ったりは絶対にしなさそうだし、戦争以前の問題だ。


「たかが聖女のひとりやふたり」

 あ、キレた。プツンと音がした。この言い方は無いだろうが。

「こんな奴、ぶっ殺す!」

「メリー!」

 その前に殺されそうだけど。警備兵がぞろぞろ入って来る。


「メリーは落ち人だ! お前ら触るな!」

 私を庇って叫ぶアルト。

「アルト?」


 ざわっと部屋が騒めいた。


「ははは、ふざけたことを! そんな者がいるものか!」

 笑い飛ばすゲルハールト会頭。

「たとえいても落ち人はただひとり。ソレを殺せば次が来るであろうよ」

 恐ろしい事をこともなげに言う宗主カルロ・マデルノ。

 ど、どういう意味よ。何となく分かるけれど、分かるけどさ。


「メリー、何か出して!」

「えっ、ええ」

【救急箱】

「《ヒツジ》しかない!」

「出して!」

「えい」

 大きなヒツジがぴょんと飛び出した!

 ヒツジは部屋の中の者を見渡した。いや違う何か吐いている。

「何だろう、白煙だけど」

【救急箱】何かある?

《ガスマスク》があった。手早く取り出してみんなに配る。

「こうやって着けるの。みんな着けて」

 みんなは受け取ると見よう見まねでササッと着ける。もはや慣れたのか。


 モクモクモクモク…………。


 部屋が真っ白になった。

 テーブルに寄りかかったり、椅子に身を投げ出して見事に寝ている面々。

 床に倒れるように寝ている警備兵。

 ヒツジはまだ白いガスを吐き出している。

 これ、催眠ガスだな。ぐっすり寝ちゃってるな。

 しかし、どこに逃げよう。


 杜撰で行き当たりばったりなのは私だった。オクターヴの計画を笑えない。


「メリー。何、この白いの?」

「メリザンド、何だこれは!」

 ああ、ノアが来てくれた。

「ノア! オクターヴ。ガスマスクして」

 ふたりに素早くガスマスクを差し出す。受け取って面白そうに付けるノアと、不審げにそれでも手早く付けるオクターヴ。

「へえ、ほんとメリー面白いねえ」

「まったく何をしているんだ!」

 あんたたちの反応の方が面白いけど、今はそれどころじゃない。

「逃げたいのよ、ノア」

「じゃあ、おいらに掴まって、ほら、お前も来るんだよ」

「ヒツジも回収」

 ノアに掴まって何処かに飛んだ。転移魔法ってすごいな。一発で窮地から脱出した。魔獣も操れるし、ノアって何者だろう。



◇◇


「ここ何処?」

「おいらの家。神殿の裏にある」

 山の中の穴倉のような家だ。部屋はひとつしかなくて、奥にベッドがあってその横の台座に、卵が綺麗な布切れに幾重にも包れて鎮座している。


 家の中は簡素で、他にはテーブルとイス、台所くらいしかない。

 白い豹のリーンが出て来て「にゃおん」と鳴いた。


 その時、グラグラと卵が揺れた。

「あら、動いたわ」

 近寄るとリーンがグルルと唸る。

「あら、いい子ね。ちゃんとお留守番しているのね」

 声をかけると「にゃお」と鳴いた。


 卵にそろりと近付くと、今度はリーンは通してくれた。

「生きているのね。何か温かいものを感じるのだけど」

「メリーに会えて嬉しいんだ」

「そうなの? あら、動いた」

 卵が揺れる。ノアが卵に言い聞かせる。

「まだダメよ、焦っちゃダメ。待っているからね」

 そうね、あなたがちゃんと生まれるのを待っているわ。

「何だよこれ。メリザンド、お前、何者なんだ?」

 オクターヴの声で我に返った。こんな事をしている場合じゃなかった。

「おいらとメリーの子供だよ」とノアが言って「はあ?」とオクターヴが呆れている。


 家の外へ出てみた。

 外は山だ。5つの指のような山が屏風のように家の後ろに聳え、ノアの家はかなり高い所にあって、下を見ると二つの尖塔が見えた。


 聖なる山の中腹に神殿は建っている。

 人は見上げ拝む。立派な神殿を。

 そして勘違いする人は居るのだ。まるで自分が神にでもなったかのように。

 祈る神は違っても、地位立場は違っても、人は皆、神の前に平等だというのが、こちらの世界の認識だったと思うけれど違うのか。


 せっかくミモで上映会までしたのに。何か、何か出来る事はないだろうか。

「ねえノア、拡張機能無いの?」

「なにそれ」

「ミモのさっきの映像、この国の人たちに流せないかな」

「その場にいる人だけだよ」

 ノアが首を横に振る。でも私は何とかしたい。

「ほらスクリーンとか使って」

「スクリーン?」

「画面よ、白いキャンバスよ。大きいのがいいわ。そこに映し出すのよ」

 私達だけが見たのではいけない、他の住民にも共有してもらわなければ。


「たくさんの人に見てもらった方がいいわ。あの人がこの国に帰ってくる前にやっちゃいましょ。殺すって言ったから、これは正当防衛よね」

「その前にもう何人も殺している」

 珍しくスヴェンが口をきいた。そうだった。ミモの上映会であいつらは何と言った。ちゃんと始末をつけてやろうじゃないの。

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