三章 聖女見習いアデリナの事情

21 アデリナのお願い


 アデリナのお願いはとんでもないものだった。

「ミモを大人衆に見せたいのです」

 もう決めてしまったのだろうか。アデリナの顔は静かな決意に溢れている。


「昨日、あの方の見たものが目の前に再現されました。口で言うと、とても信じられなくても、あれを見れば信じられます。ミモがわたくしの頭に乗れば見たものが再現されるでしょうか。皆さんが信じてくれるでしょうか」

 こぶしを握って真剣そのものの口調だ。


「でもアデリナ様、あれは見たものをそのままに再現するのよ。いい事も悪いことも関連することを全部見せるのよ」

 多分。オクターヴの見せたくなかったものまで見せた。

「わたくしの見たものは、とんでもないものでございます。言葉で言っても信じてもらえない。わたくし自身がちゃんと言えない、そんなものです」

「そっか、口で言うより見た方が早いもんね。ノアに聞いてみるわ」

 肩に乗ったミモに呼びかける。


「呼んだ~?」

 おお、綺麗な魔獣使いが黒髪の男と共に現れた。

「メリザンド」

 オクターヴは二歩で私の側まで来る。

「いい加減その呼び方は止めて下さい。私はメリーという平民です」

 何で今日もこいつと追いかけっこをしなきゃいけないの? 騎士は怖いのよ。

「そんな名前は許さん!」

 上から押さえ付けるような言い方。うるさいなあ、話が出来ないわ。

 寡黙な黒髪蒼瞳の騎士というイメージは、何処に捨てたの?


「ノア、この子昨日みたいに他の人でも再現できるかしら。実はこの街の大人衆にアデリナ様が告発したい事があるのだって」

 ノアに聞くといやに軽く言ってくれた。

「あー、あれね」

「知っているの?」

「うん」

「なぜ黙っているのですか」

 問い詰めるような口調になるアデリナ。一体どんなことを見たのか。

「だって、おいらが言ってどうなるの?」

「ノアは何を知っているの?」

 大人衆に告発するってだけでも不穏な事なのだけれど。もっとヤバイのか?

「んー、ややこしいのよ。それに面倒だし。今から行くの?」

「いえ、明後日だって」

「そう? おいらじゃなくて、メリーがミモに言っても出来るよ」

 そうなのか。

 ノアがオクターヴの腕を掴んだ。

「またねー」

「あ、メリザン……」

 ふたりは消えてしまった。


「うーん、ふたりで何をしているんだろう」

「気になる?」

 アルト、その目は何?

「だってノアが案内させるって、コルディエ王国かなあと思って」

「祖国に帰りたい?」

「そうでもないけど、領地はね、お祖父さまが大事にされていたから……」

 知らず知らず手がペンダントに伸びた。

 不甲斐なくて申し訳ないと思う。何も出来なくて。


「私たちは商業ギルドに行くけど、一緒に行く?」

 気を取り直して明るく言う。

「そ、そうね。ご一緒しましょうか」

 アデリナは目を瞬かせて頷いた。



「考えてみると私も危険だけどアデリナ様も危険で、アルトも危険なのよね。この街をうろうろ歩き回っているけど、大丈夫なのかしら」

 宿を出て歩きながら言う事ではないが。

 この街は整備も行き届いて綺麗で、この前の騒ぎでもすぐに警備兵が来たように、安全にも気を配っている。

 しかし、油断していたらオクターヴみたいなのに簡単に捕まっちゃうし。


「どう思います?」

 アデリナはスヴェンに聞く。四人の中で一番大人だ。約一名ずっと大人の筈なのに全然役に立たない子供がいるけど。

「この街には他国の兵士は入れないでしょう。帝国から何か言われれば仕方がありませんが」

 私はチラとアルトを見る。クレーフェ王国の王都と帝国では向きが違うのだけど、どっちに行きたいのか。


「あのう、今更なのですが」

 アデリナが遠慮がちに聞く。

「はい?」

「おふたりは姉弟ではないのですね」

「……はい」

 似ているように見えるのは同じ色に髪を染めているからだろう。髪が伸びたら染めなきゃいけないだろうか。まだ、メリザンドとバレるのは危険だと思うけれど。


 私、根無し草だな。何処に行けばいいのか。

 オクターヴの杜撰で俺様な計画には乗りたくないけど、一人じゃ何にもできないし。自立した人間じゃないと思う。




 商業ギルドの建物は街の目抜き通りにあった。5階建ての立派な建物である。このギルドでこの国が成り立っているんだろう。


「いらっしゃいませ」

 金髪美人の受付の女性が出迎える。

「仕事を探しているのですが」

「さようで、何かお出来になりますか?」


 上から目線の取り澄ました冷たい視線に、あっさり私の気持ちが挫けそうになる。あ、ダメ。追い出されそうな予感しかない。お店とか見て、自分に出来る事を探してから来た方が良かったかも。


 私は前世で読んだ小説とかゲームとかの親切な対応を期待したのだが、この世界は情け容赦がなかった。それでも勇気を振り絞って聞く。

「その、お人形とか作っているギルドってありますか?」

「お人形ねえ……」

 受付のお姉様の馬鹿にしたような見下した目付き。

 ダメだ。挫けた。撃沈してしまった。


 誰も受付のお姉さんに勝てる気がしないらしくて、私たちはすごすごとUターンした。


 商業ギルドの入り口で、立派な商会の上役らしき人とその秘書らしき人とすれ違った。彼の視線がチラリとアデリナに動くのを見て、スヴェンが視線を遮る位置に立つ。兵士だけでなく、そういう人も気を付けないといけないか。商人は自国だけでなくあちこちで商売している。



  ◇◇


 宝石の切り売りじゃ生きていけないが、この世界でどうやって生きて行ったらいいのか。

 考えてみればまだ十五歳で、学校に行っている年齢だ。

 貴族の令嬢って、追放されたら普通に生きていけないな。


 私はまだ宝石類を持っていて【救急箱】もあるからマシなのか。そういや何か入ってないの?

 おお、ぬいぐるみが《ヒツジのぬいぐるみ》が何故かふたつ。夢に見た真っ白の子と白黒ぶちの子。これって可愛くて普通に売れそう。ラベンダーの匂いがするし、安眠枕仕様になっている。


「まあ可愛い」

 アデリナがそう言うので「どっちがいい?」と聞くと、迷ってから白ヒツジを指名した。

「はい、どうぞ」

 アデリナに渡すと「いいの?」と聞く。

「ええ、これはね、作るところから始めたいの」

 そうだ、この街の商業ギルドなんかに任せられるものか。

 だが、他に心当たりはない。

「メリーは急がば回れって言ったよね」

「うん、アルト」

 覚えていてくれたのね。焦っちゃいけないよね。

 そういや鏡とか作ったらいいなと思ったんだった。

 こういうのって知り合いの方がいいと思うのだが、しかし、誰もいない。

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