22 お風呂でシャワー


 夜になってミモがお散歩に出て、アルトが言った。

「あのシャワー浴びたい」

「ナノバブルミスト?」

「それ」

 季節は夏だけど、全部脱ぐのは不味いだろうし水着は無いの?

 うーん、何で【救急箱】に《水着》が入っているんだろう。女性用と男性用だし。


 という訳でアルトに水着を渡して説明する。私も着替えてお風呂に行くとアルトが頬に手を当てて口に手を当てて「うわぉ!」と騒ぐ。


 アルトはサーフパンツだし私はセパレーツだし、そんなに露出は多くないけど、足も出してはいけない令嬢がこんなはしたない格好をしてはいけない。

 でも水遊びって楽しいのだ、開放的だし。


 アルトは自分でシャワーと言ったくせに、最初は恥ずかしがっていたけど、私が必死になってシャワーの調整を始めるとじっと見ていて、調整が済むとお水をお湯に変えた。


「出来た、全面シャワー」

 天井一面からミストが降りかかる。

「うわー! すっごく気持ちいい」

「すごい、溜まった汚れが奥から全部洗い流される感じ」

 ナノバブルミストの効果は凄い。


「ミストジェット噴射行け!」

「わっ!」

 ミストジェットがアルトの頭を直撃。

「よーし、横から回転行け!」

「きゃあ!」

 ミストジェットがぐりぐり回りながら顔やら胸やら腕に当たる。

「斜め噴射レーザー!」

「うっぷ!」

 真っ直ぐのミストがキンキンと突き刺さる。

「下から噴水噴射!」

「きゃゎゎ!」

 お風呂の中ではしゃぎ回った。


「メリー、そのペンダントってロケットじゃないの?」

 アルトが私のペンダントに目を留めて聞く。

「え」

 遊んでたら窮屈な水着の胸からこぼれ出た。


 祖父から貰ったペンダントは、金細工で楕円形の精密な装飾の施されたペンダントだ。真ん中に五つの宝石があしらわれていて、宝石を並べて頭文字で色々な言葉を表すのだ。

「開けられるのかしら」


 私たちはシャワーを終えて着替えてベッドに並んで座った。

「此処がトリガーだと思う。魔法で封じてある」

 楕円形のロケットを調べていたアルトが、左の宝石の下に小さな金具があるのを教えてくれた。


「此処を持って、開けって言えばいいのかしら」

 ぱかん。

「えっ?」

「はぁ?」

 いや、簡単に開き過ぎよね。

 貝のように両側に開いて中に紙きれが入っていた。

「何だろうこれ、名前だわ?」

「知ってる人?」

「うーん。多分あの人だと思うけど、祖父の友人で弁護士というか公証人というか、王都に住んでいる方なんだけど」

 厳格で祖父といい勝負だった男を思い出す。

「遺言かなんかじゃないの? 会いに行った方がいいと思うけど」

「捕まるんじゃない?」

「だろうね」

 私たちは顔を見合わせて溜息を吐いた。


 王都にいる祖父の公証人なら領地を引き継ぐ為に父は必ず会いに行くだろう。祖父の友人なら父に好意的ではないかもしれない。話も縺れているかもしれない。

 私がこうやって色々考えている間も、他の人も色々考える訳だった。



  ◇◇


「取引をしようメリザンド。俺は情報を提供する。だからお前は俺のものになれ。

領地の事が気になるだろう。俺なら手伝ってやれる。そのまま統治できるぞ」

 オクターヴはそんな事を考えたか。


「いいえ。結構だわ」

「即答するか?」

「だって、領地は私のものではないわ。戻らないのよ」

「取り戻せばいい。今あすこでは独立しようとしている」

「何ですって!」

「今の侯爵や王子にめちゃくちゃにされるのが嫌なんだろう。お前が行けば住民は受け入れるだろう」

「はあ、それでも私にはどうしようもないわ」


 今度こそ捕まって処刑される。私は兵士を殺してしまったんだもの、領地に行けば王国軍が来たりするかもしれないのだ。紛争や内戦になって領地の人が傷付くのは嫌だ。気にはなっているのだ、逃げてばかりではいけないと思うけれど、私には何もない。

 ノアはやっぱりコルディエ王国に行ったんだな。何でだろう。


「ねえ、メリー。おいら、明日はちょっと遅くなるけど行けると思うの」

「そうなの? ノアがいてくれると心強いわ」

 ノアは嬉しそうに笑う。暇を見つけて来てくれるんだけど、どうしてオクターヴと一緒に来るのか分からない。



  ◇◇


 翌日、

 街の大人衆から迎えの馬車が来て、お屋敷に連れて行かれる。

 お屋敷はさらに街の奥の防壁の中にあった。


 慇懃無礼か、それとも帝国に売り渡されるか、それとも排除されるか。


 お屋敷の防壁の外で、私たちがアデリナに付き添うのにひと悶着あった。外で待てと言われたって待てるものではない。大体ミモが出せない。


 私たちはアデリナを囲み、アデリナは結界を張った。

「一緒にお願いします」

「怪我をする人が増えても」

「何故怪我をするのでしょう?」

 アデリナはまっすぐ前を向いていた。手は祈りの形に組み合わされ、唇は引き結ばれている。スヴェンはアデリナの側に控えているが今日は帯剣していない。


 街の大人衆はやはり聖女が気になるようで、しかもこちらが少人数で年端も行かかない子供な事もあって、おまけに忙しい方々が集まるせっかく設けた機会なので、面会することに決めたようだ。


 建物の中の迷路のような通路の奥に重厚な扉があった。

 扉が開けられると、皆キラキラしくて威圧感半端ない面々がずらりと並ぶ。一癖も二癖もありそうな顔をその表情に隠している。

 街の大人衆の顔ぶれは、商会の会頭ゲルハールト氏。ギルドのギルマス、ジャック・マルケ。ウェイデン伯爵。帝国の軍人フッガー将軍。真教国の宗主様カルロ・マデルノ。


 これってヤバいよね。捕まって神殿に送り返される、そして投獄されて軟禁される未来しか見えない。

 一応、こういう席を設けてくれたって事が救いかな。

 話し合いはするんだろう。

 一応話をしましたという、格好だけの場合も多いが。

 テーブルの下で手を握って取引をしている様子も垣間見えるような気がするが、考え過ぎだろうか。

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