20 ヒツジの安眠枕
ふうっとみんなが溜息を吐く。
「何だか今日は疲れたし、もう寝るね」
「ええ、お休みなさい」
アデリナたちの部屋を出た。
「ぴよ」とミモが鳴いて、羽ばたいて暗い窓の外に消えて行く。窓を開けてもいないのに。魔獣だから? アーリマンって強い魔獣だったっけ?
部屋に帰るとアルトとふたりになった。
「メリーはあの男が好きだったの?」
(いきなりそんなことを聞くんかい!?)
透き通ったエメラルドグリーンの瞳がじっと私を見る。こんな色だったっけ。
これは話していいのか。すでにアルトにはバレバレなようだけど、話さない方がいいんじゃないか。
「メリーが話しても何も変わらないよ」
アルトは私の逡巡を見透かしている。
「分かったわ。あのね、私には前世があるのよ。前世の私の国は黒髪の人ばかりだったの。だから何となく懐かしくなったのよ」
前世のことまで話してしまった。
「こっちは黒髪の人って少ないでしょ」
いきなり金髪碧眼のデカい外人ばかりの所に一人で放り出されてみて? 怖くてホームシックになると思うんだけど、そこに黒髪の人がいればそっちに目が行くと思うのだ。
アルトは私の顔をじっと見ていたがやがて頷いた。
「黒髪が懐かしかった訳か。帝国には結構いるよ」
「そうなの? アルトは帝国の事よく知っているの?」
「え」
「あの大金貨って帝国のよね。ここは帝国の自由都市だし、流通していても不思議じゃないけど」
アルトは呆気に取られたように私を見た後、薄っすらと笑う。
「メリーって怖いんだ」
「失礼ね」
(何が怖いって?)
「で、アルトの本当のお父さんは誰?」
「聞きたい?」
アルト、笑っているけれど、目が笑っていない。
エメラルドグリーンの瞳。青みがかった鮮やかな濃い緑色を私は見た事がある。
どこで見たのだろう。
「メリー」
アルトの手が差し伸べられる。強引じゃない私の手を待つ手。
この子は優秀で、この子は怖い。
でもそれ以上に、私は何かに掴まっていたい。いや、もうその手を掴んでいた。彼が何者でも関係ない。
手を伸ばしたら掴んでくれた。
「疲れたよね。もう寝ちゃおう」
優しく顔を覗き込んで髪を撫でて囁く。
「う、うん」
私の方が子供だわ。
◇◇
うーん、眠れない。何か色々あって頭がごちゃごちゃして。
「メリーどうしたの?」
「ヒツジを探しているの」
「これ?」
アルトが差し出したヒツジは白黒のブチだ。瞳がグリーン。
「これだわ」
抱っこすると暖かい。モフモフじゃないけどまあいいか。
抱き締めて頬ずりすると、ヒツジは私を抱き返してくれて、頭を撫でたり背中をポンポンしたりと忙しい。額やら頬やらに鼻とか口とか当たって擽ったい。
「クスクス」と笑ったら、ヒツジも
『クスクス』と笑って、ほわんほわんとした夢の中を、くるりくるりと絡まって転がって上になったり下になったり──、
「うふふ……」
『クスクス……』
気持ちいい。
ああもう、何もかもどうでもいい──。
◇◇
朝はちゃんと来る。私は寝不足じゃない。安眠枕を手に入れたのだ。メリーさんの枕と命名しよう。
「おはようメリー」
「ん?」
アルトが起きて私の頭をポンポンと撫でて洗面所に行った。
「え?」
この部屋にはベッドが二つあるんだけれど……、片っぽしか使っていない。
昨夜、眠れなくて手にしたヒツジは何だったのか。いや、昨夜だけじゃなくて、前にも何回かあったような気がする。
私、抱きついてすりすりして抱きしめて眠ってしまった、……ような気がする。
私、児童福祉法違反で捕まる!
…………。
寝袋で一緒に密着して寝てたのに今更だわ。
大体、私だって子供なのよ(開き直り)。
「ぴよ」
窓も開けずに魔獣が帰って来た。
ミモも枕にならないかしら。何処に行っていたの、少し生臭いけど。
顔を顰めたらパタパタと飛んで洗面所で「ぴよ!」と鳴く。
お水を溜めるとパチャパチャと水浴びを始めた。
『アクア』
上からシャワーの様にかける。範囲と強さと間隔を調整する。そうよ、ナノバブルミストなのよ! 細かい気泡をイメージ。うんとうんとうんと小さく。
「ぴよぴよぴよー!」
ああ、喜んでる。
「いいな、僕も浴びたい」
洗面所の周りをびちゃびちゃにしてしまったのをアルトが温風で乾かした。
「そうね、夜はお風呂で遊ぼう!」
しかし、アルト、火魔法もいけるのかしら。どうしよう、こんな優秀な子をベッドに引っ張り込んで。
いや、それよりお風呂で遊ぼうって、何を言っているんだ、私。
どんどんドツボにハマって行く。
◇◇
アデリナたちと食堂で会った。
「先程、この前の検問所の方がいらっしゃって、明後日、大人衆の集うお屋敷に伺う事になりました。みんな一緒に行くとお返事しましたが良かったですか?」
「はい。ご迷惑でなければ」
「その、お願いがあるのです」
「はい?」
アデリナからのお願いとは一体何だろう。
「お部屋で」
ここでは話せない内容なのか。
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