10 森の中の岩屋
羊羹を食べながら思い出した。そういえば食糧が残り少ない。
「アルトは狩りとか出来る? 食料が五日も持たないと思うの」
水の攻撃魔法は覚えていない。せいぜい顔にかけて脅かす程度だ。
「そうですか。一応干し肉とかあるけど。狩りも自信ないけどやってみるよ。あと、ベリーの木が近くにある」
「へえ、ベリーの木?」
木苺かブルーベリーだろうか。
ベリーの木は街道から少し外れた所にあった。木苺の類だ。
「わあ、すごい」
赤くてキラキラして宝石のよう。一つ採って味見をしたけど甘い。
たくさん採ってビニールの小袋に入れて【救急箱】に仕舞い、あとは一人用鍋に入れて洗ってふたりで食べる。甘酸っぱくて美味しい。久しぶりのフルーツだ。
「これ挿し木にしたいわ。枝を少し採れる?」
「ナイフでいい?」
「うん」
良さげな枝を選んで何本か採って土を入れた袋に入れて【救急箱】に仕舞う。
私は断罪されているし、マイエンヌ領に帰ると迷惑をかけるかな。
どこか良さげな土地があったらそこに落ち着いて、当初の予定通り仕事を見つけるか、小さなお店を開くか、花を育ててのんびり暮らしたい。
「そういや食器とか持ってる?」
「うん、僕もうすぐ村を出るつもりでいたから荷造りしてたんだ」
「そう、まだ十二歳なのに一人で偉いな」
この子の方が私よりよっぽどしっかりしている。
私、前世と今世と合わせて幾つになるんだ?
ちょっと恥ずかしいんじゃない?
「村の人にお礼を言って、出て行きたかったんだけど……」
アルトはちょっと涙ぐんだ。背中をポンポンと撫でると、余計にボロボロ涙が流れる。私も散々泣いたんだけど、貰い泣きしてしまう。
私たちは一緒に泣きながら、それでも何かから逃げるように、懸命に足を動かした。
◇◇
その日の野営は、街道から少し森の中に入った岩屋に決めた。アルトが父親と時々利用していたという。
岩屋は草で覆われて入り口が狭く、入って少し曲がった奥に、ふたりが寝れるぐらいの広さの空間があった。壁はきれいに固められている。
こんな都合のいい空間がポンと転がっている訳もないだろう。
今日、彼は土魔法を使ったっけ。
「アルトが魔法で作ったの?」と聞くと「うん」と得意そうに頷いた。
「すごい、土魔法って便利」
部屋を見回して呟いた。
「火事の時、逃げられなかったの?」
モグラみたいにトンネルを掘って出られなかったのだろうか。
「兵士がいるかと思った」
(そっか、そうよね。最初、私に弓を向けたしなあ)
騎馬の兵士は十騎くらいだった。子供一人じゃどうしようもないだろう。
あの時の、騎士に肩を掴まれた感触を思い出して身体が震える。
「横穴を掘ったけど熱くて、水瓶を壊して水をかぶって──」
彼は私みたいな出たとこ勝負じゃなくて、ちゃんと対処していた。
岩屋で食事の用意をする。石で組んだかまどに枯れ木で火を起こすと、アルトはふたり用の鍋を持ち出した。
『アクア』
水魔法で鍋に水を入れ焚火にかけて湯を沸かし干し肉でスープを作ると、岩屋の部屋に隠した乾燥ハーブを取り出したのでスープに入れる。パックに入った炊き込みご飯を私の一人用鍋で二つ温めて夕飯が出来た。
アルトは炊き込みご飯をパクと口に入れて「コレ食べたことない」と目を丸くする。ちょっと可愛い。
ぱちぱちと燃える火を見ながら自分のことを少し話した。
「私は婚約破棄されて修道院に送られる所を逃げて来たの。もしかしたら追手がかかるかもしれない。多分死んだと思っているだろうけど」
こちらの事情を話して迷惑なようなら、ここで別れた方がいいかもしれない。彼は私よりしっかりしているし、私は「頼りなさそうな少女」なのだ。
手短に自分の事情を話すとアルトも話しだした。
「僕は妾の子で、奥方に殺されそうになった所を騎士に助けられて逃げたんだ」
助けた騎士がお父さんとしてアルトを育てたのだろうか。
奥方は自分の子供を跡継ぎにしたいだろうし、妾の子が魔法を使えて優秀だったら殺したくなるのか?
そういや私も跡継ぎだった。
エメリーヌの母親が権力を欲しがり、我が子を跡継ぎにしようと企んで、父を唆して私を追い出し、あまつさえ殺そうと陰謀を巡らせた、……のか?
「その、メリーは行くとこがないの?」
「ええ、ないわ」
「僕もないし、一緒に行く?」
アルトが確かめて来た。
私はちょっと嬉しかったかもしれない。
「危険が二倍になるかもしれないわ」
「そうかもしれないけど、一人よりいいと思う。ろくなこと考えないし」
「それもそうね」
焚き木の火がぱちぱちと弾ける。
私はこの世界に何をしに来たんだろう。
こうやって静かに考える事が出来るのはいい事だ。
何より一人じゃない。返事も帰ってくるし。
ずっと森の中を彷徨っていた。捕まったら殺される。
怖くて怖くて──、何かから逃げるようにずっと。
でも、きっと今日はゆっくり眠れるような気がする。
ぱちぱちと火の爆ぜる音しかしない、真っ暗闇の中の小さな赤い空間。
一人ぼっちの子供がふたり、身体を寄せ合っている。不思議に暖かい。
きっと、ここはターニングポイント、
きっと、物語はここから始まるに違いない。
それがどんな物語でも、もう階段から落ちなければいいなと願う。
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