二章 自由都市へ

11 戻り道


「何を見ているんだ?」

「モッコウバラですわ」

「薔薇か?」

「東国から来たお花で刺が無いのでお庭のアーチなんかによいそうですの」

「野草みたいな目立たない花だな」



  ◇◇


 目が覚めると暗い岩屋の中だった。

 何か夢を見ていたようだが、目が覚めると霧散してしまった。

 あくびをして伸びをする。黒のジャージは着たきりスズメだけど、清浄魔法があるので何とかなっている。


 久しぶりに話が出来る人に出会えた所為だろうか、ぐっすり眠った。

 理不尽だという思いも、怖いという思いもどこかに押しやれた。



 それにしても【救急箱】にもう1個、非常持ち出し袋は入ってないだろうか。

「ないか……」

「ん、メリーどうしたの?」

 つい口に出てしまって、隣で寝ていたアルトを起こしてしまった。

「んー、何でもない」

 ここからは自力で頑張れって事だろうか。


「けほっけほっ!」

「どうしたの?」

 起きようとしたアルトが咳をする。流行り病だろうか。

 額に手を当ててみるが熱は無いようだ。


「大丈夫、ちょっと喉が掠れて……」

 起き上がろうと、私の手の下でジタバタと藻掻いている。

 昨日、お水をかけたし、冷えたのかな。それとも熱風でやられたか。

 もう一度【救急箱】を見る。 


《のど飴》が入っていた。それと《防災非常食セット》だ。

 まだ、見捨てないでいてくれるのかね。ありがたい事だ。

 この森は魔物とか動物の気配を感じない。たまに鳥が飛んで行くぐらいで、シンと静まり返った感じなのだ。狩りなど出来そうもない。


 包みを開けないで、防災非常食セットの内容だけチラリと確認する。

 レトルトのお惣菜各種、野菜ジュース、果物ジュース、パックご飯、餅、フリーズドライスープ、缶詰パン、梅干し、干し芋、チョコレート、調味料、他。

 なかなかのものだ。五日はいけそう。少し安心した。



 取り敢えず野菜ジュースを出して、防災非常食セットを【救急箱】に仕舞い、昨日のスープとアルトが持っていた黒パンで朝食にする。

「喉が痛いんでしょ、これ舐めて」

 お鍋と食器を片付けて、パックの野菜ジュースのストローを咥えているアルトにのど飴が五個入っている包みを一つ渡した。

「一個ずつよ。痛い時にね」

 レモン味で三角の良く買っていた物だ。アルトが飴を口に入れて微妙な顔をする。普通の飴みたいに美味しくはないか。



「髪を染めたらどうかしら」

 アルトの髪は藁色だ。ちょっとくすんだ金髪。

「茶色にしたら目立たないと思うんだけど」

「メリーは染めているの?」

「そうよ、簡単よ。これで染めるの」

 私の髪を染めた残りのチューブを見せる。

 アルトはチューブと私の髪を見ていたが頷いた。

「気休めだけどね、ついでに少し髪を切ろうか?」


 肩より長くなっていたのを襟足ぐらいにして、前髪もそろえる程度に短くする。

 出来上がりを、鏡を取り出して見せると、横を向いたり下を向いたりにらめっこを始めた。


「クスクス……」

「笑わないで、僕、自分の顔じっくり見たの初めてだ」

「そうなの? 家に鏡は無いの?」

「お父さんは剣で髭を剃っていた」

「ふうん?」


 剣で、どうやって? 鏡の話をしていたんだっけ、鏡の代わりに剣って事?

 田舎は貧しいのかしら。まあ小さい時はあんまり鏡なんか見ないだろうが。

 王宮にはふんだんに鏡があった。侯爵家にもたくさんあった。王家も侯爵家も金持ちだったからな。前世は普通にあったし。

 鏡はまだあまり普及していないのかな。



  ◇◇


 岩屋の外に出ると、私達は森の中を歩いて戻ることにした。リーフラントの町は遠いし、その向こうはまた別の国だ。戻れば川の向こうにすぐ町があって、小国群も近いという。


「僕は小国群に行きたい」

 アルトが言う。


 こんな誰もいない森の中でひっそり殺されるより、人のいる町の方が良いかもしれない。同じ国でないならば事情も違うかもしれない。何より小国群の向こうはコルディエ王国だ。危険だけれど情報も入って来るだろう。



 アルトは森の中の獣道を知っていた。でも背負う荷物は大きくて重そうだ。

「そのリュック重そう。私が預かろうか?」

 背中に声をかけると即座に断られた。

「ダメ!」

 親切の押し売りはよくないし、私デリカシーがなかったかな。

「いや、僕は──」

 ちょっとアルトとの距離感が分からなくなった。

「ああ、そっか。悪い事言ったかな。お父さんとの思い出の品だよね」

 思い出の品か。私が持っているのは祖父から貰ったペンダントひとつ。でも思い出と愛情は沢山貰ったから。


「ごめん。僕が悪かった」

「ええとね、アルトは空間魔法とかマジックバッグとか知っている?」

「マジックバッグは聞いたことがある。袋とかバッグに付与魔法を付けると容量が大きくなって重さも感じないって」

 おお、知っているなら話が早い。この世界にあって良かった。

「そうそれ、私もひとつ持っているの」


 昨日採った木苺を出してみる。採れたてで瑞々しい。時間経過も無いようだ。

 朝の果物にふたりで食べた。クールタイムになったかな。


【救急箱】にどのくらい入るんだろう。ドレス一式と、さっき出した防災非常食セットと、髪染めに鏡、散髪セットと、まだ入りそう。

「そうなの? 負担にならない?」

 アルトが恐る恐る聞く。

「うん。全然重さを感じないの。まだ入ると思うし」


(私、アルトに話してよかったのかしら)

 私の【救急箱】には某青い猫のポケットみたいに、その時欲しい物がポロリと出て来る仕様が付属している。

 ポロポロと色々出しているけど、見る人によってはヤバかったりして。


「この弓とバッグだけ持って、後はお願い出来る?」

 アルトは小さな皮のバッグを出して荷物を渡してくれた。

「任せて」

【救急箱】に仕舞う。大きな荷物が難なく入る。まだいけそうね。

「大丈夫? 重くない?」と聞くアルトは心配性だろうか。

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