09 少年アルト
「さて、じゃあ準備して」
立ち上がって少年に言うとびっくりした顔をした。
「え」
「一緒に行きましょ、あいにく貧乏だけど何とかなるよね」
「嬉しいけど、お姉さん頼りなさそう」
おう、なんてことを言ってくれる。
「一緒に行ってやらないぞ」
「ごめん」
まあ頼りないんだけどさ。
こっちが保護して欲しいくらいなのだ。異世界転生ものでは、強い騎士とか王子様とか魔術師とか……、この際、魔王でもいいわ、何か出て来ないの?
私の願いは却下されたのか誰も現れない。
村人皆殺しの生き残りの少年と、強姦殺人されそうになった断罪追放令嬢だ。
考えてみれば酷い組み合わせだ。安心とか安全とか一欠片もない。ふたりとも殺されそうで、魔獣はそこらを徘徊していて(まだ遭遇していないけど)、保護してくれる筈の兵士は敵かもしれない。とんだ無理ゲーの世界に落ちたものだ。
溜め息交じりに少年の歳を聞く。
「君、幾つ?」
「僕の名前はアルト、もう十二歳だ」
私の溜め息を聞いて、少年は急いで言った。私が頼りないにしても、こんな所に一人で置いて行かれたくはないと思う。
アルトは藁色の髪、緑の瞳のそばかす少年だ。身長は私より拳骨ひとつくらい低い。成長期だしすぐに追い越されるだろうな。
「私はメリーよ、十五歳なの」
「メリーさん……?」
(ヒツジはいないのよ? ついでにホラーでもないの)
「呼び捨てでいいわ、よろしくねアルト」
もう平民だし面倒な名前もいらないか。話し方も前世の方でいいか。捨てられたんだし。
アルトは地下室に下りてごそごそしたと思うと、大きなリュックを背負って出て来た。聞くと父親と一緒に、時々近くの町や狩りに一緒に行っていたらしい。
父親のリュックだろうか、重そうだが。
彼がリュックと一緒に背中に背負っているのは、先程、地下室の扉を開けたら構えていたヤツかな。木の棒の端に小さな弓が付いている。
何だろう。ボウガン?
彼の父親は半年前に亡くなったそうだ。母親はいないらしい。
間がいいのか、悪いのか。
村の入り口で、ふたりで手を合わせて早々に立ち去った。
「こっちの方角に行ったら何があるか知ってる?」
歩きながら聞く。兵士が行った方と反対の方角だ。
「五日くらい歩くと町がある」
「遠いなあ」
溜め息を吐く。
「私、川に落ちて流されたの。ここ何処かしら?」
一番知りたい情報を聞くのを忘れていた。
「ここはフィルスの森だ。森をザール川が囲んで流れていて、今向かっているのがリーフラントの町だ」
どうも私が流されてきたのがザール川らしいが、国によって呼び名が変わるのだろう。私の国ではマイン川だった。
「全然知らないわ」
私が首を横に振ると、アルトはもう少し広い範囲を説明する。
「ええと、この辺はウェイデン伯爵の領地で、ここはクレーフェ王国だ」
何かこの子、頭が良いんじゃない?
クレーフェ王国は、私の居たコルディエ王国から小国家群の小国二つを挟んだ先にある。ずいぶん流されてきたものだ。
もう国を出ているから取り敢えずの危険は去ったとみていいのだろうか?
クレーフェ王国の情報は……。
いかん、頭が回っていない。何も思い浮かばない。
「そうだ、手を洗おうか。アルト、手を出して」
「こう?」
『アクア』
「わ」
ジャブと水が跳ねてアルトが手を引っ込める。
「あ、びっくりして。魔法を使える人が周りに居なかったから」
ちょっと勢いが良すぎた。うまく調整出来るようにならねば。誰かと一緒に居るということは、ほんのちょっとした気遣いがいるのだ。
そんな気遣いが出来るだろうか。前世は一人暮らしだった。
「ごめん、タオルを。手を拭いたらこれ食べよ」
「なにこれ?」
「羊羹よ」
細長の紙包みに入った物を出すと首を捻る。
「ようかん?」
「豆を潰したお菓子よ」
非常食の中に入っていたのだ。先に私が包み紙を取って食べると真似をする。
「甘い……」
「うん。脳内スッキリ、はっきり」
そういえば村でお水を撒いた時、アルトはじっと見ていた。
「魔法を使う人って少ないの?」
「平民で魔法を使える人はほとんどいないから、人の前で魔法を使ってはいけないって言われてた。でもメリーは魔法で火を消してくれた」
じっと私の顔を見るアルト。私は今は平民だった。
「水魔法しか出来ないわ」
やたらと魔法を使ってはいけないようだ。
メリザンドは箱入りのお嬢様だった。教育は家庭教師により施され、外出したのは祖父に連れられて領地を旅した時だけだ。
コルディエ王国の歴史と貴族情報、この辺りの共通用語の帝国語と隣近所の国の方言のような言葉、後はマナーとダンスと一般教養くらいか、教師が教える偏った知識以外何も知らない筋金入りのお嬢様だ。
せっかく学校に入ったのにサッサと断罪されて追い出されるし。
お陰で混じり合った今は、前世の知識と性格が出た、この世界を何も知らない女の子が出来上がった。困った事だ、アルトの言う通り本当に頼りない。
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