08 虐殺の村


 少し急ぎ足になってたどり着いた先は、ちいさな村だった。火がかけられたのか燃えている家々。村の中に入ると、中央に切り殺されて血を流した村人たち。

「ひっ……!」

 恐ろしい光景だ。

 両手で口を押えて悲鳴を上げるのを何とか抑える。


「あ……ん……た」

「ひっ!」

 掠れた弱々しい声が足元から聞こえた。

 両手で覆った口から悲鳴が漏れる。

「た、たすけ……て…………」

 老人が必死になって顔を上げて声を出す。それは自分の事ではないようだ。

 腕を上げて指さしている。そちらには赤々と燃えた家があった。

「た……す……け……」

 老人はがっくりと力尽きた。


 老人が指している方向には家がある。赤々と燃え盛っている。

『アクア!』

 最大出力で大きな水玉をドプンと何度か落とすと、やっと家の火が消えた。

 振り返って老人を見る。もう事切れているのかピクリとも動かない。

 他の家はもうほとんど燃え落ちて、この家だけが燃え残っていた。


 火が消えて焼け焦げた家は、まだ熱気がこもっていた。もう一度水玉をドブンと落として、熱気を冷まして家の中に入る。

 墓標のように黒い柱の立った半分焼け落ちた家の中は、水に濡れて煤で汚れてべちゃべちゃだ。


 足で焼け焦げた物を除けながら家の中を探す。

 家の中には誰もいない。つま先に焼け焦げた絨毯の切れ端が引っかかった。足で除けると四角い扉が現れた。

 地下室に下りる扉だろうか。まだ熱い地下扉の取っ手を、軍手の上にタオルを巻いて引っ張る。重い扉がギイッと鳴って、床の水が下に流れ落ちた。

 持ち上げた扉から地下室の中を見ると、誰かが弓を構えているのが見えた。

 途端、取っ手を離した。


「きゃっ!」

 短い悲鳴が聞こえてバタンと扉が閉まった。ドサリと何かが落ちた音も聞こえる。女性か子供の声のようだ。何より熱気が凄い。

「大丈夫?」少し開けて聞くと「ごめんなさい」という声が帰って来た。

「こっちこそごめんね。兵士は居ないわよ」

 地下室の扉を開けて熱気を逃す。

「出ます」


 地下扉から少年が出て来た。少し服が濡れている。髪も濡れている。

 ベージュのシャツに濃茶のズボン、ジャケットが水と土で汚れている。

 焼け焦げた家を見て呆然としていたが、村人の倒れている方を見て駆けた。


「騎馬が行って煙が見えたのでこっちに来たの。そこの人があなたの家を指さして助けてって言ったので、探したの」

「──そうですか、ありがとう……」

 少年は押し出すように小さな声で言った。老人の横に膝をつき、手を取って少し涙目になっている。

「他にこの村の人は居ないの?」

 少年は倒れている人を確認して「いません」と呟いた。


 側に行くと「僕に触っちゃダメ」と制止する。

「え、どうしたの?」

「流行り病なんだ。お姉さんにもうつるよ」

 それにしては元気そうだが。顔色も悪くないし。

「流行り病? 熱は? のどの痛みは? お腹は?」

「──、大丈夫だけど」

「どこか痛いとことか、変なとことかあるの?」

「ない」

 分からない。何で流行り病なんだろう。


「他の人は?」

「兵士が来て流行り病だから皆外に出ろって言って」

「誰か病気の人がいたの?」

「いない。誰もいなかった」

 少年はぶるっと震えた。

「僕は地下室にいたら声が聞こえて、家に火をかけられて出られなくなった」

 家が燃えていたら地下室も熱かっただろう。

「よく無事だったわね、熱かったでしょう?」

「僕、魔法が少し使えるから……」

「そうなの……」

 風とか土とかの魔法だろうか? 水だとすぐ消せるだろうし。


 少年がじっと私を見て聞く。

「あの、お姉さん怖くないの?」

「えっ、何が?」

「流行り病とか。そうじゃなくても……、こんな、殺されて……」

「あ……、そういえばそうだけど、でも私、家が燃えてて、その人が助けてって言って──。だから、助けなきゃって思ったのだけど」

 死に際の彼の望みだった。ちゃんと助けることが出来て、少し良かったって思っているのだけれど。

「もちろんびっくりしたし、怖かったけど?」

「いや、ごめんなさい。助けてくれてありがとう」

 私が首を傾げて少年を見ると彼は下を向いた。


「兵士たちはこっちに戻って来るかな?」

「はやり病だって言ってたし、多分、戻らないと思うけど──」

 気になったことを聞くと、少年は首を傾げて、ちょっと考える風だ。

 村人は首とか胸に傷があって皆事切れていた。あの老人も、もはや蝋人形のように物言わぬ骸になっていた。

「そっか、じゃあお墓作ろうか」

 このままにしておけないし。

 少年は俯けていた顔を上げて私を見る。藁色の髪の間からグリーンの瞳が覗く。


「僕、土魔法が使えるから」

『アースホール』

 家の焼け跡の側の柔らかそうな土の所に大きな穴を掘った。

 ふたりで死体を抱えて穴に並べる。十数人の老年の男女だ。

『カバー』

 もう一度少年が土をかけた。

「その、これでみんな?」

 もう一度確認する。

「はい」

「そう」

『アクアレイン』

 私は老人たちの死体のあった場所に雨を降らせて血を洗い流した。墓標にする石を運んでいた少年がちょっと振り返って私を見る。


 森の中の隠れ家のような小さな村だ。入り口付近には目隠しのように木が植えてあるし、煙が上がっていなければ気が付かなかっただろう。

 少年が盛り土に村の生垣の枝を採って来て植える。

「それは?」

「魔物除けの木です」

「そうなの、一つ貰える?」

「ええ」

 少し怪訝そうに渡してくれた枝を土に挿してビニール袋に入れて仕舞った。

「挿し木にできるかなと思って」

「挿し木……。何処かに植えるんですか?」

「私、家を追い出されたし、植える所ができたらいいな」

 少年は黙って私を見る。生垣の枝に少し雨を降らせて、少年の傍にしゃがんで手を合わせると私の真似をした。


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