05 アシーンの森
王宮の回廊をぐるぐると引き摺られて人気のない通用口を出ると、黒い馬車が待っていた。
(これ、罪人の馬車じゃないだろうか)
黒っぽい目隠しの付いた頑丈そうな馬車だ。護衛の兵士に引き渡される。そのまま馬車に押し込まれた。
その頃になって、かき混ぜられた記憶がようやく落ち着いて来た。
馬車に乗った時に、手に何かを持っている事に気が付く。
小さな瓶に入った何かの薬。誰がくれたんだろうこんなものを。
こんな時にくれるってことは毒薬だろうか。
そういえば悪役令嬢が断罪の後、毒を賜ることもあると本で読んだ。
馬車の外で護衛の兵士がいやらしく笑って話している。
「こいつ森に捨てるんだろ」
「どうせ魔獣に襲われて喰われてしまうだろう」
「その前に何をしてもいいよな」
「そのことについては何も聞いていないから、好きにすればいい」
護送馬車まで送ってきた黒髪蒼瞳の騎士が素っ気なく返事をした。
取り押さえた騎士ではなくて、彼はクロード殿下の後ろにいた筈だが、何でここまで来るんだろう。助ける気は無いのか無表情で知らん顔をしている。
こんな所で助けられても、王宮の警備兵がぞろぞろ出て来て一緒に殺されるだけだろうが。
この毒の瓶をくれたのは彼だろうか。どこかで見たような気がするけれど思い出せない。記憶障害だろうか。それよりも、男達が恐ろしい事を言っているのだが。
「それなら今夜からでも好きにするか」
「せいぜい良い思いをさせてやろうぜ」
「ああ、天国へな」
兵士たちが下卑た笑い声を上げながら馬車を出発させた。
冗談ではない。修道院ならまだしも、途中で乱暴されて殺されるとか嫌すぎる。
手の中にある毒の小瓶が自己主張する。これを飲んで早く楽になれと。
貰った小瓶を握りしめる。ガタゴト揺れる無骨な護送馬車の中で、心は大波に揺られる小舟のように揺れ動いた。
(どうしよう……)
毒を飲むか、凌辱されて殺されるか、大した選択肢もないのに──。
王都を出て街道を三時間も走ればアシーンの森がある。
森と言っていたから、多分そこだろう。
アシーンの森に着いたら馬車から引きずり出されて、私は護衛の男たちに無茶苦茶に乱暴されて殺されるのだ。
身体がゾクッと震える。嫌だ、何とかして逃げたい。
あの白い場所で、誰かが何かくれると言った。
この危機を乗り越えられる何をくれるのか。
藁にも縋る思いで心の中で念じた。
(ステータス、見せて!)
私の視界一杯に文字列が浮かび上がった。
名前 メリザンド
種族 人間 性別 女 年齢 十五歳
スキル 水魔法 生活魔法全般
ギフト 【救急箱】
称号 【転生者】
(出た!)
目を瞬いて画面を見易いように調整する。
ただのメリザンドになっている。もう貴族籍を剥奪されたのだ。父に捨てられて、私は貴族じゃなくて平民になってしまったのだ。
いつ死んでもいいように。
ああ、見事に何もない。水魔法と【救急箱】だけ。これでどうやって逃げろというのか。でも逃げなきゃ集団暴行殺人で殺される。そんなのは絶対に嫌だ。
【救急箱】に何か入っているだろうか?
ギフト【救急箱】を見る。
《消毒液。除光液》
(何でこんなものが入っているんだろう? 役に立つのか?)
ドキン!
何かの事件で見た記憶がある。
消毒薬は過酸化水素水だ。除光液はアセトンだ。混ぜ合わせれば爆発するらしい。物凄く不安定で、置いているだけでもいつ爆発するか分からない危険な代物らしいが──。
震える手で毒とそれを入れ替えて、ステータスを閉じた。
やり方は知らない。上手く爆発しても巻き込まれて死ぬだろう。
それでも──。
それでも、これ一択しかない。
私は液体の入ったボトルの蓋を開けた。
ガコン。
やがて嫌な音を立てて馬車が止まった。
王都の西、アシーンの森に着いたのか。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキン……
ドアが開いた。
「オイ! 出ろ!」
舌なめずりをして、私を馬車の外に引き摺りだそうと手を伸ばす兵士と、その後ろでにやにやと笑っている男たち。その向こうは真っ暗なアシーンの森だ。
覚悟を決めた。
混ぜたものを兵士に投げる。点火。
『アクアシールド』
ドオンッ!!
シールドを展開したと同時に物凄い轟音と衝撃が来た。薄いシールドでは持たないだろうか。私の身体は衝撃と共に跳ね飛ばされた。
地面に何度もぶつかり跳ねた。最後はゴロゴロと転がって水の中に落ちた。
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