04 王宮の夜会


 しかし私の小さな望みは叶わない。


 花の盛りのある日、侯爵家から手紙が届けられた。

『王宮の夜会に出席するように』

 夜会の当日であった。

 母が死んで父に見放され、私はまだ社交界にデビューしていない。夜会のドレスなど持ち合わせていなかった。

 何で急に呼び出されるのか、不安が黒雲のように湧き上がる。


 手持ちの全財産と宝飾品の類をそれぞれ纏めて袋に入れ、長い布に包んで帯のように腰の周りにぐるぐるに巻き付けた。その上にコルセットを締めて、パニエを重ね、お茶会に着る襟がある長袖のドレスを着た。

 侯爵家の馬車が学園の寮まで迎えに来る。

 手回しが良すぎて尚更怖い。

 王宮では父親が待ち構えていて夜会の会場に連れて行かれた。



 それは悪夢のような時間だった。

 夜会の会場の真ん中に引き出され、参加していた貴族に嘲笑われた。

「まあ、あのようなドレスを着てどちらのご令嬢かしら」

「お化粧もなさらないでみっともない」

 何の為にこんなひどい辱めを受けるのか。


 壇上から少し甲高い声で断罪をするのは私の婚約者、第二王子クロード殿下、御年十八歳の金髪碧眼の美青年であった。

「メリザンド! お前は義妹のエメリーヌ嬢に対してお茶をかけ、ドレスを破り、数々の苛めを行い、挙句の果てに毒を盛った!」

 この言葉に広間に居た貴族のご婦人方が悲鳴を上げる。

「わ、私はそのような事は──」

 全く身に覚えのない事だった。私はエメリーヌに近付いたことも無い。しかし、身の潔白を主張しようとした私を、屈強な騎士たちがすぐに取り押さえた。

「すでに証拠も挙がっている」

 決めつけるクロード殿下の側には義妹エメリーヌがいて、恐ろしそうに震えて身を寄せる。

「クロード殿下、わたくしとても怖かったですわ」

 ピンクブロンドの髪に愛らしい容姿のエメリーヌが涙を浮かべてクロード殿下を見上げると、誰もが彼女に同情した。

「お前のような女が、私の婚約者とは許しがたい! よって、今この時をもって、お前との婚約を破棄する!」


 贅を凝らした華美な大広間に集った、豪華な衣装を身に纏った貴族や貴婦人たちは、この騒動に息を潜めて様子を窺っている。

 高い上背から私を睨みつける金髪碧眼の美しい王子の顔が、不意に甘く優しい表情になった。

「お前の義妹のエメリーヌ嬢が、私の新しい婚約者に決まった」

 傍らに寄り添ったピンクブロンドの愛らしい令嬢エメリーヌを抱き寄せる。

 令嬢の顔はこらえきれない喜びに輝いて殿下の顔に注がれている。

「この事は国王陛下も、マイエンヌ候爵も了承されている」

 第二王子の発言に夜会の会場の騒めきは頂点に達した。


 この日の夜会にわざわざ呼びつけて私を排除しエメリーヌを婚約者として認知させてしまおうというクロード殿下と父の陰謀だろうか。

 国王も王妃も何も言わない所を見ると、王家も一枚噛んでいるのか。

 ひどい茶番劇であった。


 小さなお店を開くとか、花を育ててのんびり暮らすというささやかな少女の夢は粉々に打ち砕かれてしまった。


「そなたは身分を剥奪し平民としてロザリア修道院に行く事が決まっている。本来なら死を賜るところだが寛大な処置に感謝して、このまま出立せよ」



  ◇◇


(──何なのコレ?)


 私は階段から落ちて、あの時死んだはずだ。

 死んだのが分からなくて、どこもかしこも白っぽい場所に逝った時、あちこちぶつけてとても痛い記憶があったので「救急車!」と叫んだのだ。

『此処にはそんなものは無い』と誰かが答えた。

「じゃあ救急箱! お願い!」

 私のお願いは受理され、どうやらこの世界に転生したらしい。

 らしいというのは、前世の記憶をはっきり思い出したのが、

 今現在、婚約破棄と断罪がすでに終わった後なのだ。

 もちろん私が断罪される方とか──、ホント勘弁して?

 まだ転落の人生が続くのか。がっかり感が半端ない。


「うっ!」

 切れ切れだった前世の記憶が甦って洪水のように溢れて来て、今世の記憶と混ざり合って頭の中をかき混ぜる。頭を抱えてその場に蹲った。

「連れて行け」

 騎士たちに引き摺られて、賑やかな夜会の会場を連れ出された。


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