03 王都の学校
暫らくして、母は病で倒れてそのまま寝付き、3か月後に儚くなってしまった。
(怖い、ここから逃げなければいけないわ)
心の奥底からそんな声がする。
でもどこに──?
「怖い、私、家に帰りたくない」
「どうしたんだ、メリザンド」
「お家に帰りたくないの、お祖父様」
母のお葬式に来た祖父に私は泣いて縋った。
父はそんな私に冷たい目を向け仕事があるからと先に帰って行った。
祖父は母親の急死で私が取り乱していると思ったようだ。実際この時の私は父親に対する恐怖心で一杯だった。怖くて怖くて、何とかして逃げたかった。
あまり我が儘を言わない私が泣いて縋り付いたので、祖父は領地に連れ帰る事にした。
マイエンヌ候爵家は、このコルディエ王国に豊かな穀倉地帯と、様々な鉱石を産出する鉱山のある広い領地を所有した富裕な貴族であった。
母しか子が育たなかったので、祖父の従兄弟の子である父を婿養子に迎え私が生まれた。しかし、父には母と結婚する前から愛人がいたのだ。
父は私が祖父と領地に行ったのが都合が良かったのか、母が死んで1年も経たぬ内に愛人を後妻に迎えた。後妻には連れ子がいた。私と同い年の妹でピンクブロンドの髪は母親に、顔立ちは父親に似た華やかで美しい少女だという。
「彼奴は見損なった」
祖父は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
しかし、祖父は祖母が亡くなってから段々と身体が弱くなり、ほとんど王都には行かず領地経営に専念していた。
そして父は面倒な事を後回しにする性格のようだ。私の優先順位は低く、領地経営にもあまり興味が無いようで、そのまま候爵家の領地に放置した。
◇◇
やがて病弱だった祖父が亡くなった。私は十五歳になっていて、祖父に勧められて王都の学校に入学する事が決まっていた。
母が死んでから久しぶりに王都の候爵邸に行ったが、そこは様変わりしていた。すでに私の部屋も無いし、使用人は殆んど入れ替わっていた。
手紙で報せていたので父は屋敷に居た。玄関ホールに佇む私を見てぎくりと表情を変え、少し蒼い顔をして微かに口を震わせた。
「メリザンドか……」
「はい、王都の学園に入学するにあたって、御挨拶に伺いました」
「そうか」
父は中に招じ入れる気はないようで玄関ホールで立ち話である。
「学園の寮に入りますので、これで失礼いたします」
「ああ」
先に私に背を向けて、父はそのまま自分の執務室に戻った。積もる話も何も無いようだ。あの男がもたらした王家との婚約話はどうなったのだろう。
クロード殿下とはあの後、他の令嬢も参加するお茶会で何度か会ったが、母が儚くなってからはそれっきりだった。
私も侯爵邸に長居をするつもりもなかったので、マイエンヌ領から乗って来た馬車でそのまま学園に行った。
「どうもありがとう。お世話になりました」
領地からここまで暫く一緒に旅をした護衛と御者と侍女に感謝の言葉を述べて、旅費より多めの金額を渡した。
「メリザンドお嬢様、お帰りをお待ちしております」
侍女が心配そうな顔で代表して言う。
「ええ、ありがとう。皆気を付けて帰ってね」
侯爵家の屋敷に入りもしないで暇を告げた私に、護衛も御者も侍女も立ち去りかねたようだ。まだ十五歳の少女なのだ。
「私は大丈夫よ」
口角を上げて頷くように告げた。
◇◇
学園の居心地はそんなに悪くはなかった。
クロード殿下はすでに卒業していて学園で会う事はない。
私の義妹というエメリーヌは報告書にあった通りピンクブロンドの髪の華やかで美しい令嬢だった。彼女はいつも取り巻きを従えて賑やかであった。
私とはクラスが違うので滅多に会わない。なるべく大人しく目立たないようにして過ごした。
祖父は学費をすでに全て支払っていて、公証人を呼んで私に生前信託の契約をしてくれた。満二十歳になるまでは生活費が年金として支払われる。
このまま父親が私の事を忘れ去ってくれたらいい。
私の夢は学園を卒業したらマイエンヌ領に帰って、領地の片隅で仕事を見つけるか、小さなお店を開くか、花を育ててのんびり暮らす事だった。
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