02 王宮のお茶会
「お母様、どうしても行かねばなりませんの?」
「そうね、お父様がどうしてもと仰って──」
母親のアメジストの瞳が少し不安げに揺れて、私の心にさざ波が立つ。
私は母親に似たプラチナブロンドにアメジストの瞳をしていて、王宮の官僚であるダークブロンドにスラリとした見てくれの良い父親は、いつも私を温度の無い素っ気ない目で見る。
その日は王妃主催の第二王子殿下の婚約者候補選びと側近選びのお茶会だった。
私はその時十歳、マイエンヌ候爵家の子供は一人しかおらず、養子を取って候爵家を継ぐと言われて育った。
このお茶会では私は他のご令嬢方の添え物で、選ばれることは無いと思っていた。ドレスも濃いグリーンの大人しいものを選んでいる。
他のご令嬢方が豪華なドレスを身に纏っているのを見ても、十歳の私は別にそれを不服とも何とも思っていない。
どうしてそんなお茶会に出席しなければいけないのか。王子様の顔を見るより、家で領地に自生する植物や動物について調べた方がましだ。
そんな事を思う私は少し変わった令嬢だと認識されていた。
王宮の庭園にはたくさんのテーブル席が美しく設えてあって、その席の間をこの国の第二王子殿下が母親の王妃様と共に各テーブルの間を回っている。
私は母と一緒にカーテシーをしていた。
第二王子クロード・フェリクス・コルディエ殿下は私より三つ年上の御年十三歳。母親の王妃様に似た金髪碧眼の美しい王子様であった。
「リルボンヌ候爵が娘フランソワ・マリーでございます」
「マイエンヌ候爵が娘メリザンド・リュシールでございます」
「セヴィニエ侯爵が娘カトリーヌ・ルクレールでございます」
同じ席の令嬢それぞれが美しいカーテシーをして挨拶をする。
「よく来てくれた。私がクロード・フェリクス・コルディエだ」
クロード殿下は鷹揚に三人を等分に見て次のテーブルに向かう。
(おお、キンキラキンの王子様が御挨拶されている)
何故か学習発表会という言葉が浮かんで吹きだしそうになる。
手に持った扇で口元を隠して何とか耐えて周りを見る。黒髪の少年と目が合った。ヤバイ、見られたかもしれない。慌ててつんと澄ました顔を取り繕った。
「何を見ているんだ?」
後ろから声をかけられて振り返った。先程の黒髪の少年がいる。
「モッコウバラですわ」
「薔薇か?」
少年の蒼い瞳が花と私の顔を往復して傍に立った。慌てて立ち上がると、白い小さな八重の花房が揺れて野の花のような香りが漂う。
「東国から来たお花で刺が無いのでお庭のアーチなんかによいそうですの」
「そうか」
少年も私の真似をして花をそっと手に取った。
「野草みたいな目立たない花だな」
少年の正直な感想に少し笑ってしまう。
「俺はオクターヴ・グーリエフという」
「私はメリザンド・マイエンヌでございます」
ふたりでしゃがんで花を見ていると、
「メリザンド嬢」
少し甲高い声に呼ばれて振り向いた。そこに従者を従えた金髪碧眼の王子様がいるのを見て、ふたりは慌てて頭を下げる。
「その花よりも美しい花がある。案内してやろう」
王子様は手を差し出して有無を言わさずに連れて行く。
(この王子様は、人のものが欲しいのだろうか?
それとも誰にも彼にもかしずいて欲しいのかしら?)
◇◇
それから二年後、王家から呼び出しがあり私は母と一緒に王宮に行った。何故かクロード殿下の婚約者になる事が決定していて、母が慌てている。
その夜は眠れなくてベッドから起き出してそっと部屋を出た。
声が聞こえる。抑えたような声が。
屋敷は不自然な程に静まり返っていて、その声だけが耳に響く。
私は忍び足で声の方に行った。
「どうしてですの? メリザンドには養子を迎えて──」
「王家から打診があったのだ。断れる筈もない」
ドアの向こうから細く聞こえる声は母と父のものだった。
「そんな──。こちらの事情は王家もご存知の筈。わたくし父に相談して──」
「分かった、もう一度申し上げてみるから──」
ドアに向かう気配を感じてそっと離れる。廊下に置いてある壺の陰に隠れて部屋の方を覗き見ると、母が溜息を吐いて自分の部屋に戻るのが見えた。
そしてドアまで送った父の恐ろしい横顔が──。
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