閑話 その頃王都では(三人称)
「私は王太子になって、王になる」
宮殿の夜会で第二王子クロードは小さく言った。会場は明かりが煌々と輝き貴族たちがさざめいている。
しかしクロード王子は今、夜会の会場から抜け出て休憩室のひとつにいた。彼の数ある恋人の一人オセール伯爵夫人と一緒である。
「まあ、とても素敵ですわ」
クロード王子にとって、蠱惑的な微笑と豊満な肉体を持ったオセール伯爵夫人は、得難い女性であった。
メリザンドが婚約者の時には、目障りな老侯爵がいた。老侯爵は宮廷の権力闘争には興味がなく、もはや時代遅れの領地経営に精を出していた。
あの広大な領地から上がる収益をもっと有意義な事に、王宮における権力拡大とか、軍備増強とかに使えたら──。
しかし、彼はメリザンドを領地に連れ帰り、婚約も無かったことにするつもりのようだった。まるで自分に興味のなさそうなメリザンドの白い顔を思い出す。
そんな時に、老侯爵が都合よく死んでくれた。
クロードには野望がある。
王太子となって王位を継ぎ、子をたくさん儲ければ侯爵家も継げる。エメリーヌと結婚して後ろ盾も侯爵領もという誠に虫の良い考え方であった。
宮廷の夜会での断罪はうまく行き、無事エメリーヌを婚約者に挿げ替えた。
これで第二王子は現マイエンヌ侯爵を後ろ盾にして、側妃腹の第一王子を蹴落とし王太子になる道が近付いた。
「王妃の子共である私の方が、王太子になり国王になるべきだ」
クロードはそう思っている。王妃である母親は王族に連なる公爵家の出である。第一王子の母親は伯爵家出身だ。自分の方が尊いと考えている。
「もちろんでございますとも」
このオセール伯爵夫人もクロードの愛人で支援者のひとりだ。
彼女はちゃんと弁えている。
「あなたは私というものがありながら、まだ遊び相手と別れていませんのね!」
しかしエメリーヌは弁えなかった。クロードの執務室まで来て詰問する。
「貴族というもの側女を持たないでどうする。お前の家を見よ、跡目が居らんではないか。そのようになったらどうする?」
現在のマイエンヌ侯爵は老侯爵の又従兄弟の子であった。
老侯爵はメリザンドに養子を取らせて侯爵家を継がせるつもりであった。しかし、現侯爵は宮廷の権力闘争に目を向けていてメリザンドは邪魔だ。老侯爵が亡くなったのを機に侯爵家から追い出して、興味のない領地経営は実務内政官を雇った。
「本当にあなたは節操無しだわ」
だがエメリーヌは遠慮しない。感情のままに腹を立てて散々に詰る。クロードはうんざりした。こんな女だったかと。
「失礼します、クロード殿下」
そこへ王子の近習が入って来た。
エメリーヌは手を振って追い払われた。
「何だ」
「実は──」
メリザンドを修道院に護送した筈の馬車が、帰って来ていないという報告はすでに上がっていた。ロザリア修道院は馬車で片道三日の距離であったが、もう七日が過ぎている。
もちろん彼らはメリザンドを適当に始末した後、頃合いを見計らって王都に帰って来る予定であったが。
「護送の馬車は王都を出て、アシーンの森を通ってロザリア修道院に向かったと思われます」
「それで?」
「アシーンの森では最近、大爆発が起こったようなのでございます」
王都を出て馬車で四時間程の森の奥で爆発があった。爆発は一度だけだったが、王都から近い森であれば調べない訳にも行かない。
王都の兵士が三日後に調べに行ったが、魔物が多くて一旦引き返した。
その後、王都の騎士団が派遣されて調査を行った。攻撃魔法を使えば魔素の塵芥といった物質が残る。特に火や雷の攻撃魔法において顕著になる。しかし騎士団に同行した魔術師は痕跡が何もないと判じた。
魔法でなくて、そんな爆発があるものだろうか。
そしてついに騎士団は発見した。
頑丈なはずの護送馬車が、ぐちゃぐちゃに歪んで凹んで残されている現場を。
護衛兵士たちの遺体は、すでにその森にいる魔物によって食い散らかされて跡形もなかった。
調べに行った騎士たちは、現場に集まった魔物たちに襲われて這々の体で戻って来て報告した。
「あのように馬車が原形を留めぬ程にひしゃげておりましたので、乗っていたメリザンド様もご無事ではありえません」
王都の騎士が持ち帰ったメリザンドの片方の靴を証拠品に差し出した。
メリザンドは始末するはずだった。丁度良い。何があったのか分からないのは気味が悪いが、爆発を見た者は誰もいないのだ。それも丁度良いかもしれぬ。
天が自分に味方してうまい具合に隠蔽されたのだ。
クロード王子はそう考えた。誠に自分勝手な男であった。
メリザンドの片方の靴と共に報告を受けた父親マイエンヌ侯爵もそう思った。
何も残っていないのは都合がよい。行方不明で放置しても何も問題はない。すでに平民に落として縁を切っているのだ。
靴はすぐに処分された。
報告を終えた近習が出て行って、執務室に戻ったエメリーヌにクロード王子は注文を付けた。
「エメリーヌ、少しは弁えろ」
「まあ、私のどこが、弁えていないとおっしゃるの」
この男は浮気が過ぎるとエメリーヌは思う。この王子の婚約者に選ばれて、メリザンドに勝ったのはいい気分だったが、これでは帳消しである。
エメリーヌがメリザンドに会ったのは、後にも先にもあの夜会の時以外なかった。学園では気付きもしなかった。
父親は面倒な事は逃げて顔合わせもしていなかった。
夜会の断罪は完全なでっち上げであった。
それでも自分が婚約者の立場に立ってみると分かる事がある。この男は自分も断罪するかもしれない。
下手に身分があるから余計に厄介であった。
クロードの執務室を出て歩いていると、向こうからクロードの護衛騎士のオクターヴが来るのが見えた。美丈夫で寡黙な黒髪蒼い瞳の男である。
抜け目のないエメリーヌは、少し視野を広くすることにした。
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