本当の姿
……永遠に続くかと思った監禁が、終わって。
俺は、人としての生活を取り戻して。
だけど。声も出なくなっていて。表情はぴくりとも動かなくなっていて。
私立中学の合格は当たり前のように取り消されていて。
リハビリでは、あいうえおから始めたけれど、俺の頭はしっかりしていた。自分では。しっかりしている。つもりだった。だからなおさら、……きつかった。
最初は地元で入院生活を送っていたが、人の気配がするたびに、時雨たちかと思って意志に反して勝手に叫び声を上げてしまった。声は出ないのに、叫び声は、なぜだか出たのだ。いくらでも。
見かねた家族と親戚が相談してくれたらしく、俺は東京の思春期精神科専門の病院に転院して、個室で入院生活を送った。
地元にはもう、戻れなかった。地元には時雨たちがいる。そう思うだけで、俺は何度も自殺を試みて死にかけたから。
診察。投薬。リハビリ。カウンセリング。治療プログラム。
次の日も。診察。投薬。リハビリ。カウンセリング。治療プログラム。
また次の日も……。
病院では、スマホは禁止だったけれど。
俺は、頭はしっかりしていたから。
たまに叔父の家に外泊できるとき、スマホで、検索を繰り返した。
俺は奴隷じゃない。奴隷じゃない。奴隷じゃない。奴隷じゃない奴隷じゃない奴隷じゃない奴隷じゃない。
検索履歴は、何百個、何千個、もうわからないけれど、俺の記憶の欠片はリハビリをしてくれる専門家には向かわずなぜかスマホの検索欄にあふれ続けた。
「奴隷にされた」
「奴隷だった」
「奴隷 監禁」
「奴隷 服従」
「監禁事件」
自分のニュースが出てくると、そのワードは避けた。
俺は犬でもない。犬じゃない。犬じゃない。犬じゃない犬じゃない犬じゃない犬じゃない。
「犬真似」
「犬 監禁」
「犬 事件」
「犬にされた」
「人を犬にする」
記憶が。あふれてくる。言葉として。ひとつひとつ。
そして、俺は、ペットプレイというものと出会った。
人を、ペットの犬として扱うその行為。
ひどく惹かれた。
飼い主の側が――本当の自分だと思えて、ならなかった。
それは、俺の、本当の姿。
憧れは募った。やっぱり、間違いだったんだと、一筋の希望が見えた気さえした。
俺は飼われるほうではなかった。飼うほうだったんだ。
飼うほうだったんです。飼うほうだったんですよ。
言葉が、数年ぶりに、声になった。
『恭は、だいぶ良くはなってきたけど……やっぱりちょっと、完全には、……普通には戻れないだろうね』
俺が寝てると思い込んで、叔父さんは、父さんにそんな電話をかけていた。
叔父さんが。家族が。なんと思っていても。
これは俺にとっての真理だ。
幼稚園でも、周りのままごと遊びに付き合って、犬役は、必ず俺ではなかったし。
人を犬として扱うのはきっともともと好きだったんだ。
そうだ。俺は。
……犬を。
人間の犬を、いつか飼おう。
俺がかつて、犬扱いされていたからではない。
そうではない、そうではない全然そうではなくて。
俺の本当の姿を取り戻すだけだ。
だって。俺は。ほんとうは。
人間を犬として飼えるような、人間だったんだ。
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