中途半端な
「ほ、ほら、わたし、ぬいぐるみなんてあげる相手もいないし……部屋にはもうぬいぐるみがいっぱいだから……。恭くんって寝るとき枕もお布団もないでしょ? だから、ぬいぐるみくらいあってもいいのかなとか、ほら、これから寒いし、か、風邪とか引かれて死なれちゃってももったいなくて困るかなって!」
……俺に……ぬいぐるみ……。
どうして――。
「え、いや、ちょっとタンマ、なにそれ、あはははははははは」
時雨が――部屋じゅうをつんざくような大声で、笑った。
笑っているのに……台本を読み上げているような……空虚な声で。
時雨が、笑ったので。
……あはは、あはは、あははははは、と。
誠も、沙綾も、真衣も、葉太も笑い始める。
あは……と、咲花も笑ったけど。
その顔は――引きつっていた。
「いや、咲花、お前の思考回路、どうなってんの、ほんと。奴隷にプレゼントって。鎖や首輪やピアスならともかくさあ。頭おかしいんじゃね? っていうか、ぬいぐるみあげたら風邪引かないって、どこで覚えたの? 塾でちゅかー?」
「……そ、そうだよね、わたし頭おかしいかも! ごめんなさい!」
「はい今夜は反省決定。咲花、駄目だよ? お兄ちゃんを怒らせちゃ」
「……ご、ごめんなさい、ほんとに、あの」
「反省の態度。示してみ?」
「……はい」
「どうすんの? どうやってお兄ちゃんたちに詫びるわけ?」
「……おもしろいこと、します」
「面白いことって? なに? ――奴隷に服従のポーズ取らせるより、面白いことしろよ。面白くなかったら、お前も奴隷になれよ」
ひっ、と咲花は声を上げた。
「……そ、それだけは、あの、ごめんなさい。――あっ」
咲花は何か閃いたような顔をして――。
その表情に。……悪い予感しか、しない。
……咲花は。
もしかしたら。このなかでは唯一、……ましな心を、持っているかもしれないが。
でも――その心が。
……中途半端な、優しさが。
これまで、俺を、何度も、苦しめてきたんだって、咲花、……お前に伝えてやりたい。
咲花は、俺を上から、見下ろした。……右手に犬のぬいぐるみを持って。
「ね、ねえ恭くん、――ぬいぐるみで気持ちいいことしてみたらどうかな?」
「ああ――なるほど! そうだな恭。お前も成長してきたし、そろそろそういうのもいけるんじゃね?」
時雨が、途端にご機嫌になる。
他のやつらも、楽しそうに、笑って笑って盛り上がる。
咲花は、こっそりと……。
ごめんね、とでも言いたそうな顔をした。
そして、でも……とでも言いたそうに、……ちょっと微笑んで。
……お前さ。
まさか、思ってないだろうな。
これで、恭くんはちょっと辛い目に遭うだろうけど、ぬいぐるみをあげられる! なんて。
――お前はさ。
俺のこと、同じ被害者だと思ってんのかもしれないけど。
違うんだよ、全然、違う違う、違う。
お前は中学にも行けてる。
勉強もできてる、服を着れてる、食事ができて、人間らしい生活ができてる。
奴隷になるのだけは、ごめんなさい、って。
言っただろうがよ。お前自身が、いま。
俺はその奴隷なんだよ。
一緒にすんな。仲間だね、みたいな視線を向けるな、中途半端に同情して、俺を本気で助ける気もないのに中途半端な優しさを向けてくるんじゃねえよ、……ああほんと、もう、殺したい、咲花のやつ、やっぱりこいつ、……性質が悪い。
ぬいぐるみなんか貰ったところで、何になるっていうんだよ、夜が寒いのが変わるわけねえだろ、馬鹿にしやがってほんと、馬鹿、馬鹿なのか咲花は、馬鹿なんだろうなあ、――どいつもこいつも馬鹿にしやがって、……殺したい、死ねって思うのに、どうして俺は――こんな惨めな格好をして、従いたくもない命令に、……従わなくちゃいけないんだよ。
……俺は、そして。
気持ちいいこととやらを、させられた。
咲花も時雨たちにこれ以上怒られないよう、必死だから。きちんと鞭も活用して、俺が、そうするように、そうしなければならないように、……仕向けていく。
命令されて。無理やり。泣きながら。犬の、ぬいぐるみと。
それは、本当は、小学校でほんのり好きだった女子と、いつか大人になったら……したいことだった。
初めての相手があの子ならどんなにか、なんて。……もう永遠に、叶うことはなくなった。
その日から、俺の地獄には、犬のぬいぐるみとの行為と。
本当に犬みたいだ、面白いからと。……犬真似も加わった。
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