ぬいぐるみ

 ……誠が塾に行って、塾のやつらと話し込んじゃったけどやっぱこっち来たわーとか言いながら戻ってくるまで、鞭打ちは続いた。


 葉太も時雨の命令だから、腕が限界を超えても鞭打ちを続けたのだろう。

 葉太のやつ。地味そうに見えて、実は幼稚園のときから空手をやっていたらしい。

 今はやっていないらしいが、空手はそこそこ強かったらしく。……もちろん空手と鞭打ちに直接的な関係はないが、体力がかなりあるという意味では、葉太は、……しぶとかった。


 結局、気の遠くなるような時間のなか、300回カウントして、……300回以上、鞭で打たれた。


「……鞭打ち……さんびゃっかい……ありがとうございました……」


 こんなことを、されておいて。

 やっぱり。足元に、土下座して。礼など。……言わされる。

 

 ここでは、俺は本当に、ボロ雑巾より価値がない存在なんだと思い知らされる。


 全身が熱く、……耐えられないほど、痛いけれど。

 もちろん時雨たちは手当などしてくれない。

 鞭打ちの後も、油断はできない。……機嫌を損ねると、傷口に笑いながら塩やタバスコを塗られたりする。


「あとは反省の態度を示してろ」

「……はい……」


 本当なら、いますぐにでも倒れてしまいたいほどの痛みのなか。

 俺は両手を頭の後ろで組んで、足裏をカーペットにつけて脚を開いた。時雨に教え込まれた、服従のポーズだった。……最初はこれをやらされるたびに、あまりの恥ずかしさに、泣き叫んでいたけれど。

 泣いても叫んでも、もう無駄だって。わかっているのに。……どうしてこの期に及んで涙が出てくるのか。


 時雨たちは、夜食と称して菓子を食べている。食べながら、時雨の部屋の大きなモニターでゲームを始めた。

 俺はもちろん、服従のポーズを取ったまま。口を閉じるわけにはいかないから、……唾液があふれるのを、嫌なのに、止められない。

 美味そう……いまの俺には……もうけっして、届かないものだ。


 こいつら、夜になっても時雨の部屋から帰らない。時雨と咲花の親も、いったいどこで何をしてるのか、見たことがない。

 ……家庭事情がやばそうなメンバーしかいないとわかっているけれど、こいつらの親や家族が何か気づいて、……俺を助けてくれたらと。

 もう……そんな夢想をするのにも、疲れてきた。どうせ、……叶わないだろうから。


 ああ。俺も。……腹が減った。……今日も……吐きそうなほど不味いドッグフードと水しか、貰えないのかな……。


 ……キィ、と。

 控えめに、ドアが開いた。


「……ただいま」


 咲花が、おずおずと顔を出す。

 地味な服に、地味な眼鏡。……カバンについているユニコーンのマスコットが、浮いている。


「ああ、咲花、俺の可愛い妹! 遅かったじゃないか。お勉強が大変だったのかい?」

「う、うん、まあ……」

「大丈夫だよ咲花ちゃん、いくらお勉強できなくてもさ、マイペースでやってこ! ……くすくす!」

「真衣の言う通りだよ。手芸部なんか辞めてさ、勉強に専念すればいいよ!」

「あ、アドバイスありがとう、真衣ちゃん、誠先輩……」


 ……咲花だって、気づいているはずだけど。

 こいつらは。葉太と咲花のことは、下に見て、……いいように利用している。

 葉太はどちらかと言えば、時雨たちにうまく媚びているようだったが――咲花は少々、個性的、というか、……不器用なようで。


 俺がさらわれてくるまでは、こいつらの、底辺にいたのだろう。

 まあ……今も……時雨たちの、機嫌次第で。

 けっして、扱いが良いとは言えないが。


「あれ。恭くん。服従のポーズだ……」

「懐かしいだろ? 咲花」

「う、うん、懐かしいな! お兄ちゃん!」

「でも、咲花には服を着せてやってたから、よかったよな!」

「そうだね!」


 ……妹にもやらせていた、時雨の気が、知れない。

 そして、時雨の言葉をバカみたいに肯定するしかない咲花の気持ちも――まあ、わかる。

 とにかく。怒らせてはいけない。……時雨は。


「あ、あの……お兄ちゃん……」

「ん?」

「今日、実は手芸部でね……ぬいぐるみ製作をしたの。ふわふわで……触ってると……結構、あったかいの……」


 咲花は、カバンから――犬のぬいぐるみを取り出す。

 素人制作にしては……結構……よくできている、ようだった。


「へえええ、ぬいぐるみ製作」


 誠がそう言って、大袈裟に噴き出す。


「誠先輩、咲花ちゃんが可哀想ですよお」

「そんで? そのぬいぐるみが、どうしたって?」

「……あ、あのね、よか、よかったらだけど、恭くんに、あげてもいい?」


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 ――俺に?

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