探偵 角田剛夢の事件簿 ②

かがわ けん

 

 三月三日、一通の奇妙なメールが送られてきた。


 仕事を依頼したいが、こちらに来られないのでリモートで話したいらしい。

 うさん臭いと思ったが、金欠真っ只中だ。了解の旨をメールで返信した。


 約束の日時。ノートPCを開いて待機していると依頼者が入室してきた。

 バーチャル背景をバックにクマのぬいぐるみが画面に映る。流行のキャラではなくやや古びたぬいぐるみだった。自身を徹底的に隠蔽したいようだ。


 依頼内容は、ある女性の身に危機が迫っているので、彼女に引越しするよう説得して欲しいとのことだった。


 ふざけた話だし、受け入れられる見込みもない。だが説得だけでも報酬がある。ならば断わる道理はない。俺は依頼を受けた。



 指定の住所に向かう。よくあるマンションの一室だ。

 最初の関門は、インターホン越しでこちらの話に応じるかである。少し後ろめたいが一人暮らしの女性の心理を突いた。


「私、探偵の角田剛夢かくたつよむと申します。ある方の依頼で来ました。最近身辺で奇妙な出来事が起こっていませんか?」

「えっ? どうしてそれを?」


 ビンゴ。こういう時相手は勝手に思考を巡らし、奇妙な出来事を創りあげる。それに乗ればいいのだ。


「実は貴女を守るよう依頼されています。お話させて頂けませんか」


 ドアが開く。二十歳前後の若い女性が現れ、中に通された。

 部屋には良い香りが漂っている。ふと棚を見るとアロマキャンドルに炎がゆらめいていた。


「実は変な手紙がドアの隙間から投函されたり、郵便物が盗まれたりしているんです。警察にも届けましたが、取り合ってくれなくて」

偏愛狂ストーカーの仕業ですね。心当たりはありますか?」

「実は地下アイドルをやっているんです。ですが特に心当たりはありません」


 その後彼女の相談に乗り、ある程度信用を得た時点で本題に切り込んだ。


「一先ず引越しては如何ですか?」

「恥ずかしい話ですが、お金が無くて引越しは難しいんです」


 その時、入り口のドアが乱暴に開かれる音が響いた。

 振り返ると手にナイフを持った男が、血走った目でこちらを睨んでいる。


「裏切りやがったな、この売女があ」


 男はナイフを持った手を振り上げ、ずかずかと近づいて来る。俺はテーブルの横に転がっていた大きなペンギンのぬいぐるみを手に彼女の前に立ちはだかった。


「どけっ」


 ぬいぐるみを盾に距離感を狂わせる。それでも男はナイフを振り降ろした。


 ぬいぐるみは無残にも切り裂かれ綿が宙に舞う。だが本来あるはずの無い手応えと固い物同士がぶつかる音がした。


 ぬいぐるみを男の顔に投げつける。中から破損した機械のかけらが飛び出した。


 それには構わず素早く男の足元に潜り込み、柔道の双手刈りを決める。

 完全に決まった双手刈りに、男は受け身が取れず後頭部を痛打する。そしてそのまま昏倒した。



 警察が到着し、事情聴取が行われている。彼女は顔面蒼白で小刻みに震えながらも、気丈に対応していた。

 

 ふと、意識的に視界から消していた彼女のベッドが目に入る。

 そこには、古びたクマのぬいぐるみが置かれていた。




 

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探偵 角田剛夢の事件簿 ② かがわ けん @kagawaken0804

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