第33話 事件
一方、つむぎはきよに言われた事をぼんやりと考えていた。あんなに純血主義のきよがリヒトを結婚相手に、と望むなんて青天の霹靂だった。いつか本当のことがリヒトに分かれば、きよとつむぎは元の形に戻ることになる。けれどまさかきよから言われるとは思っていなかった。
だがきよが惚れ込むのも無理はない。
なんせリヒトはそれだけ魅力的な男性なのだから。
つむぎがリヒトのもとへ戻ると、リヒトは多くの女性達に囲まれていた。着飾ったつむぎなんかよりもうんと可愛い女性達がリヒトの周りで笑顔を振り撒いている。
きっと彼女達も、きよと同じようにリヒトに魅了されている。
ーーじゃあ私は、旦那様に釣り合う人間なのでしょうか。
きよのような可愛らしさもないし、教養もないし、術師の勉強だって始めたばかりだ。
そんな何の取り柄もないつむぎは、リヒトの隣に相応しいのだろうか。
そんな不安がつむぎを襲う。
ーーやっぱり……私は、きよ様と元に戻るべきなのでしょうか。
そんな気持ちでいっぱいになる。
つむぎに気がついたリヒトは笑顔で駆け寄って来てくれた。その笑顔を誰にも渡したくないと思う。リヒトの隣は自分でありたいと思う。
けれどそれが我が儘だというのも分かっている。
ーーまだ。あと少しだけ……。
つむぎはリヒトに寄り添われながら会場を後にしようとした。
その時だった。
「金城様!大変です!」
「どうした」
一人の仮面の子供が走って来た。非常に焦った様子に、リヒトも気を引き締めた。
「っはぁっはぁ……す、すみません……ケカレが、ケカレが出ました。この会場にです」
「誰か被害にあったのか?」
「それが……」
子供はちらりとつむぎの方を伺った。
「式町家の御当主様です」
「え」
つむぎは衝撃を受けた。先程までいつも通りの様子だった義父が死んだなんて、信じられなかった。何が起こっているのか頭の理解が追いつかない。
「分かった。すぐ行く」
「え」
リヒトの返事につむぎは目を丸くした。
義父が死ぬなんて、ついさっきまで想像もしていなかった。なのに今となっては帰らぬ人だ。
リヒトもそうなってしまうかもしれない。
そう思うと不安でしょうがなかった。「行かないで」と言いたい。けれどリヒトもつむぎも術師だ。ケカレから守る側の存在だ。だからこそケカレから逃げる訳にはいなかい。
「大丈夫。必ず戻るから」
「わ、私も行きます。行かせて下さい」
つむぎはすがるようにリヒトの腕を引っ張った。リヒトを止める訳にはいかないなら、せめてそばにいたかった。
だがリヒトがそれを許さなかった。
「ダメだ」
きっと断られるとは思っていたが、その通りだった。リヒトははっきりと首を横に振った。
それでもつむぎだって素直に受け入れられない。
「私だって……術師の端くれです」
じんわりと目頭が熱くなる。けれど泣いてはいけない。泣いてすがるなんて、ただの我が儘でしかないのだ。
そう思ってつむぎは下唇を噛み締めて涙を流すのを必死に堪えた。
そんなつむぎの頭をリヒトは優しく撫でた。
「術師としての力を疑ってる訳じゃない。私の妻に怪我してほしくないから言ってるんだ」
「それは私も同じ気持ちです」
「相手はきっと連続襲撃事件の犯人だ。何人も術師を殺すような相手なんだ。もしも君に何かあったらと思うと……。想像するだけで俺は気が狂いそうになる」
リヒトはものすごく苦しそうな表情をしている。そして、まるで繊細なガラス細工を触るかのように優しくつむぎの頬を撫でた。
そんなリヒトにつむぎは言葉を詰まらせた。リヒトの愛情が嫌と言うほど伝わってくるのだ。しかもかなりの至近距離である。
つむぎはとても長時間耐えられそうになかった。
「わ、わかりました」
なのでつむぎが引き下がるしかなかった。
ずるい、と心の底から思う。
「ありがとう。安心して。俺は必ず君の元に帰ってくるから」
リヒトもようやく安心した表情を見せた。そしてつむぎから名残惜しそうに離れる。
それはつむぎも同じ気持ちだった。
まだ頬に残るリヒトの手の温かさが、無くならなければいいのに、と思う。
「いいかい。馬車のところにあまねがいるはずだから、そこで待っていてくれ」
「分かりました」
素直に頷いたつむぎを、リヒトはまた愛おしそうに頭を撫でた。
ーー離れたくありません。
そう思うのに、今は離れなければいけない。また、つむぎはリヒトの無事を祈るしか出来ない。
ーーようやく認められたと思いましたが。やはり私はまだまだ力不足です。
いつかリヒトのそばを離れる日が来ても、術師としてならリヒトのそばにいられるかもしれない。そのためにも今は術師として切磋琢磨する必要がある。
だから今は我が儘を言ってついて行く時ではない。
つむぎだって前と同じではない。
リヒトの言葉はいつだってつむぎに勇気をくれる。リヒトの笑顔や優しい手に、つむぎの心は温かくなる。
リヒトの愛情を知ったつむぎは、式町家にいたつむぎとは違うのだ。
つむぎは静々と馬車の方へと向かっていた。リヒトの事を心配して何となくぼんやりとしてしまう。どんなにリヒトが「安心して」と甘く囁いても、こればかりはおさまらない。
だから背後から近付く気配に気が付かなかった。
「ああそこにいたのね」
その声は一瞬でつむぎを震え上がらせた。
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