第29話 人気者の旦那様

 術師会合が行われる会場は、東都でもまだ珍しい洋館で開催された。まだ新しい建物に、着物姿や洋服姿の術師達が集まっている。

 その中で一番注目されているのが、リヒトとつむぎであった。

 つむぎはリヒトから贈られた赤いドレスを身に纏っていた。そんなつむぎの隣には、リヒトがぴったりと寄り添っている。

 周囲にはとても仲睦まじい恋人同士に見えた。

 正直、つむぎはとても居心地が悪かった。

 会場にいる術師達が全員二人に注目していた。

 それもそうだ。何せ旦那様は術師の中でも有名な金城家の当主なのだ。若くて実力があってそして大変見目麗しいリヒトは、良くも悪くも何をしても術師の中では注目される存在であった。そのリヒトが女性を連れて歩いているのだから、注目されないわけがない。

 緊張しすぎてつむぎはもうすでにふらふらだった。リヒトはそんなつむぎを支えるように腰に手を回した。


「大丈夫。吸血鬼より怖くないだろ?」

「そう、ですね」


確かに吸血鬼よりは怖くないが、それとは別な気がする。しかしリヒトがそばにいてくれれば、それだけで安心する。


『ようこそ金城様』


つむぎとリヒトの前に和服の子どもが姿を現した。狐の面を被っていて、どんな顔をしているのか、どんな表情なのかは全く分からない。しかし着ている服は質素ながらもとても品の良い物だった。


『金城家当主リヒト様、並びに奥方様ですね。お待ちしておりました』


子どもは丁寧な所作で頭を下げた。


『こちらへどうぞ』


そうして洋館の中へと案内してくれた。外観は洋館だが、中は立派な和式であった。何人もの子どもが整列して頭を下げた。そして全員動物のお面を被っている。

 その中で猫の面をつけた子どもが歩み寄ってきた。


『金城様。朱音様がお待ちです』

「ああ。分かった」


初めて聞く名前につむぎは首を傾げた。


「あの旦那様。朱音様とはどなたなのでしょうか」

「朱音さんは術師の頂点に立つ方だよ。古くから術師達を束ねてきただけじゃなく、その実力もずば抜けている。今から会うのはその朱音家の跡取り朱音高臣様だ」


朱音家と言えば術師達だけでなくヒヨノ帝国でも指折りの家系だ。そんな黒の上の存在と会うなんて。つむぎはより一層緊張してしまった。


ーー私、本当にこの人の隣に立つのに見合っているのでしょうか。


つい最近まで召使のような生活をしていたというのに、綺麗な服を着て、美しい旦那様の隣に立って、手の届かないような偉い人と会うなんて。想像もしていなかった。


「金城様よ」

「今日もステキだわ」

「あら隣に女性がいるわ」


すれ違う女性達は皆、頬を赤くして、うっとりした表情でリヒトを見てくる。

 ひそひそ話と言ってもつむぎやリヒトの耳にしっかりと聞こえてくる。その声が気になって横を向くと、そこには数多くの術師達が揃っていた。

 何百人と入りそうな大広間に一同に術師が揃う様は圧巻であった。そしてその中には式町家のさきよと義父の姿もあった。

 女性達は皆リヒトにうっとりとしている。何とあんなに嫌がっていたきよまで頬が赤く染まっている。


ーーやっぱり旦那様は人気者ですね。


女性達を魅了するリヒトにちくりと心が痛んだ。


「気にしないで」


不安そうなつむぎの様子を感じ取ったのか、リヒトの腰を抱く力が強くなった。


「朱音さんは尊敬できる人だよ」


どうやらリヒトはつむぎが朱音と会うことに不安を感じていると勘違いしたようである。しかしそう勘違いしてくれて、つむぎはほっとした。


「ほら、あれが朱音様だよ」


そこには美しい青年の姿があった。身長はそこまで高くないが、とんでもない威圧感がある。穏やかに微笑んでいるだけでも、自然と頭が下がる思いがした。


「やあ、リヒト」

「朱音さん、久しぶりですね」


リヒトは朱音と気軽に話を始めた。名家同士昔から顔を合わせる機会も多かったのだろう。何とも気心知れた話し方をしている。


「よかった。ちゃんと奥方も連れて来てくれたんだね」

「ええ当然でしょう。あれだけ沢山通知をくれなくても、朱音さんからの指示ならばちゃんと連れて来ますよ」

「そうか。それは失礼したね。てっきり愛する奥方を見せびらかしたいけど誰にも見せたくないという葛藤をして通知を無かった事にしているかと思ったよ」


全くその通りである。ぴしゃりと言い当てた朱音に、リヒトは返す言葉もなかった。

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