第28話 会合の準備
「どうぞ」
リヒトが声をかけるがなかなか入ってこようとしない。それどころか扉の前でひそひそと話し声が聞こえる。どうやらあまねの声のようだ。
瀬戸はため息をつきながら扉を開けた。
「あまねさん。何をして……」
瀬戸の声が途切れ、リヒトは首を傾げた。
「ほら勇気出して下さい」
そんなあまねの声が聞こえてくる。
そして恐る恐る入室してきたのは、リヒトが愛してやまないつむぎであった。
しかも何やらおめかししているではないか。
いつも質素で動きやすい着物を着ているつむぎが、今はふわりと柔らかなドレスに身を包んでいる。二枚重ねのスカートには慣れていないようで、動きにくそうに歩いてくる。
黒髪はいつも以上に艶めいていて、思わず触れたくなる。恥ずかしがって頬を染めているのも心を掴まれる。
着物姿のつむぎも大好きなリヒトだが、洋服姿のつむぎも大変可愛らしい。
リヒトはすっかり見惚れてしまっていた。
「あ、あの。旦那様。洋服を着るのは初めてなのですが、術師会合に着ていく服はこれでいかがでしょうか」
リトルは想像した。
こんなに可愛いつむぎと並んで会合に参加できるなんて、本当に夢のようだ。
きっと他の男も虜になる。
けれどそんな男達の視線を遮って、自分の腕の中に閉じ込めて、彼女は自分のものだと知らしめる。
何と言う優越感だろうか。
「旦那様」
瀬戸の低い声でリヒトはやっと我に帰った。つむぎは健気にリヒトの返事を待っていてくれた。これには旦那として答えねばならない。
「とても……似合ってるよ」
なんて平凡な褒め言葉だろうと、リヒトは頭を抱えたくなった。しかし言葉が出てこなかったのだ。
それでもつむぎは嬉しかったのか、ぱっと表情を明るくした。
『よかったですね、奥様』
「はい」
『会合の当日もこの服にしましょう。髪型はもう少し試してみませんか?』
「あまねさんにお願いしますね」
つむぎとあまねは楽しそうに話している。
ーー可愛い。
リヒトは心からそう思った。そしてもっともっと褒めたかったと心から後悔した。
しかし会合に出ればその機会もまだ残っているだろう。
「では旦那様、私はこれで失礼します」
「ああ。会合の日を楽しみにしているよ」
そう言ってデレデレの笑顔で見送った。
「では会合には二人で参加すると伝えますね」
瀬戸の言葉で再び我に帰ったリヒトは頭を抱えた。しかしあんなに楽しそうなつむぎを見てしまっては欠席しようなんて、とても言えないのであった。
「瀬戸」
「はい何でしょう」
「赤いドレスを準備してくれ。そして髪飾りには金色の物を使うようあまねに指示しておいてくれ」
「……かしこまりました」
自分の赤い瞳の色のドレスを贈るくらいで妥協してくれたのだから何も言わないことしよう。
瀬戸はそう思うのであった。
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