第30話 朱音高臣
「初めまして。私は朱音高臣。朱音家次期当主で、リヒトとは幼馴染のようなものです」
「はじめまして。私はきよと申します」
「きよさん……ね」
朱音はつむぎをじっと見つめた。何か失礼があったのだろうか、とつむぎは不安になった。
「朱音さん」
「何だい」
「例え朱音さんでも渡しませんから」
そう言ってリヒトは朱音の視線から守るようにつむぎを背に隠した。
「へえ。本当に溺愛しているんだね。噂には聞いていたけど半信半疑だったよ」
「ええ。俺の運命の人なんです。心から愛してます」
リヒトの熱烈な愛の告白につむぎは顔を真っ赤にした。あまりに恥ずかしくて、つむぎは居た堪れなくなってしまう。そうしてリヒトの後ろに隠れるように小さくなった。
どうやら朱音とリヒトの会話に周囲も聞き耳を立てていたようである。リヒトの言葉に女性達は顔を青くして、男性達は恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「あれが」
「あの娘?」
「知らないな」
「本当にあれなの?」
「羨ましいわ」
そんな会話が聞こえてくる。つむぎはどこかに隠れたい気持ちでいっぱいだった。
女性達の中には悲しんでいるものもいるようだったが、リヒトの熱い告白に温かい視線を送っているものがほとんどだった。
そんな中一際殺意に満ちた表情をしている者がいた。ギラギラとした目つきでつむぎを睨みつけ、歪みきった表情は般若のようであった。
しかしつむぎは遠すぎてそんなきよに気が付かなかった。
「成程ね。リヒトの気持ちはよく分かったよ」
「ところで朱音さん。例の件の報告書です」
「ああ……。これは嫌な予感しかしないな」
「さすがですね。予想通りだと思いますよ」
「そうか。なら後でゆっくり拝見するよ。そろそろ会合が始まる」
朱音に頭を下げて、リヒトとつむぎは指定されている場所に腰を下ろした。
周囲も雰囲気を感じ取って、徐々に静かになっていった。
静まり返った大広間で、朱音は集まった術師に向かって話し始めた。
「今日は忙しい中よく集まってくれた」
朱音の言葉でざわめきが一切無くなり、しんと辺りが静まり返った。
「皆に集まってもらったのは他でもない。ここ最近多発している襲撃事件についてだ」
朱音の話によると、標的となっているのは術師であり、特に改革派閥の術師が多く狙われている。そしてこれからも改革派閥の術師が狙われる可能性が高いと言う事だった。
「皆不安が大きいと思う。しかしまだ犯人の目処は立っていない。十分気をつけるように」
朱音の言葉に術師達は気を引き締めたようで、空気がピリッと張り詰めた。
その後は簡単な連絡のみで、会合はすぐに解散となった。終わった後は多くの術師達が情報交換をしていた。
特にリヒトは金城家の当主であり、今日初めて妻を連れて来たのだ。誰もが話をしたくてこちらの様子を伺っている。
「初めての会合、緊張しただろう」
「は、はい。何と言うか……圧倒されました」
「多分もう少しかかりそうかな」
「そのようですね」
話したくてうずうすしているのは周囲の視線からよく分かる。つむぎは想像するだけで疲れてしまった。
「ここは任せて。お手洗いに逃げてて」
「は、はい」
それを察してくれたのだろう。リヒトは素早く猫の仮面をつけた子どもを呼び寄せた。そしてつむぎはその子どもに連れられてお手洗いへと向かうのだった。
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