第21話 旦那様説教する
「すまない、少し取り乱してしまった」
「いえ。あの、ご病気は本当に大丈夫なのですか?」
リヒトは言葉に詰まった。上目遣いで心配そうに見つめられると、また発病しそうだ。しかしつむぎが心配してくれるのは嬉しい。ほんの少しだけつむぎからリヒトに近付いてきてくれるのだ。寄り添うように密着してくれるつむぎは大変貴重である。そんな機会を逃したくない。
「うん。まだ本調子じゃないかな」
そうして欲望が勝ったリヒトは、嘘をついた。素直なつむぎはそんな旦那様の可愛い嘘を疑う事なく、支えるようにリヒトに寄り添った。
ただでさえ近い二人の距離がより縮まる。
しかも、つむぎから縮めてきてくれている。
それがリヒトには何より嬉しかった。
「無理しないでください。あ。もしかして、ここにいらしたのもお仕事ですか?」
「ああ、そうだよ」
「ではやはりこれはあやかしの仕業なのですね」
「……」
「?旦那様、どうかされましたか?」
「トマトを買いに、と言っていたね。何故畑に?」
後ろで静かに控えていたあまねの体が跳ねた。明らかに動揺した様子に、リヒトの目が細くなった。
「どういうことか説明しろ、あまね」
つむぎでは甘くなってしまうと自覚がある。リヒトはあまねに話させることにした。
当然、リヒトに睨まれてはあまねは正直に話すしかない。
「は、はいぃ〜……」
あまねはつむぎの方を見た。つむぎをしっかりと抱きしめて離さないリヒトから、逃れられるわけもなく、つむぎは困った表情を見せていた。
しかしもはやあまねに道はない。
『奥様と私はトマトを買うため八百屋へと向かったのですが、トマトは当分難しいと聞いたのです。そこで事情を聞いて何か出来ないものかとここに来て、畑の主人から話を聞いて状況を見ていたところなんです』
「あまね、危険だとは思わなかったのか?」
「す、すみません!私が無理を言ったんです。あまねさんは何度も指摘してくださいました」
「……何故、あまねの言う事を聞かなかったんだ?」
つむぎは言葉に詰まった。確かに、何度もあまねから注意された。けれどそれを何度も跳ね除けた。危ないとわかっていても、どうしてもトマトが欲しかった。
ただ喜んでもらいたかっただけなのに。リヒトの笑顔を見たかっただけなのに。
いつもは優しい赤い瞳が怒りに満ちている。まさかこんな風に怒らせてしまうとは思わなかったつむぎはひどく落ち込んだ。
リヒトはため息をついた。
「あまねがいるからと言って無茶はいけない。特にここ最近は術師を狙う襲撃事件も起きているんだから」
「はい」
先程よりも少しリヒトの口調が優しくなっていた。
「もし何かしたいなら俺にちゃんと言うんだ。すぐに休暇をとってくるから」
「はい」
「そのあとは我が妻の服をたくさん買うんだ。帰る前に帝都の美味しい菓子を食べよう」
「はい。……?」
「そして家に帰って一緒にゆっくり過ごそう。買った服を着て見せてくれると尚嬉しい」
「……はい?」
「わかった?」
「は、はい」
最後の方は本当に必要な事だっただろうか、と疑問に思う。しかし頷いておかないとまた怒られそうなので、つむぎは素直に頷いた。
そんな二人の様子を見守っていたあまねは何とも複雑な気持ちになっていた。口を挟むと怒りの矛先がこちらに向かいそうなので、何も言えない。心の中でつむぎに謝りながら、あまねは口を閉じ続けた。
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