第22話 吸血鬼
「まあ俺のために何かしてくれようとしていたのは本当に嬉しいから、今回は見逃すけど」
「ありがとうございます。これからは気をつけます」
つむぎもようやく胸を撫で下ろした。
「旦那様、トマトが好きなあやかしというのもいるのですか?」
「いるよ」
まだあやかしに詳しくないつむぎはリヒトに尋ねた。つむぎの質問にリヒトはすぐに頷いた。
「性格にはトマトじゃなくて血。特に若い処女の血を好む異国のあやかしがね」
「血、ですか?」
「そう。そのあやかしは美しくて清らかな少女の血を吸うために魅了の力を持っているんだ。総じて美しい見た目をした者が多いのも特徴の一つ」
「何というあやかしなのですか?」
「吸血鬼だよ」
「吸血鬼」
そのあやかしに、つむぎは聞き覚えがあった。他国の有名なあやかしである。力が強いものは手練の術師でも苦戦するほど強大な力を持つという。
「安心して。今の吸血鬼は人間との共存の道を選んでいて、むやみやたらに人間は襲わない。勿論例外もいて人を襲う吸血鬼もいるけど、この吸血鬼はトマトを食い散らかしているあたり、まだ理性が残っているのかもしれないな」
「そうなんですね」
想像よりも危険なあやかしを相手にしようとしていたようである。リヒトが心配するのも無理はなかった。
「旦那様、さすがです。あやかしにお詳しいんですね」
「ああ。俺の母親がダンピールっていう吸血鬼と人間のハーフだから、まあ俺にも吸血鬼の血が流れ出る事になるしね」
つむぎは目を丸くした。
確かに金城家はあやかしとも婚姻を結んできた家柄で、リヒトが外国人とのハーフだというのも、その美しい見た目から知っていた。
だがまさかその外国人もあやかしの血が流れていたとは、思ってもいなかった。
「そうだったんですね」
「吸血鬼についてはまだ教わってなかった?」
「名前だけは教わりましたが、詳しいところまではまだ」
「じゃあ勉強しようか」
リヒトがつむぎの首筋を撫でた。何かの意味がこもった手つきに、つむぎの体はこわばってしまう。
「吸血鬼は少女の血を吸うため、だいたい美形なんだ。人を魅了して、篭絡させて、そうして首筋に牙突き立てて血を吸う。それが吸血鬼だ」
リヒトの赤い瞳に熱がこもる。その視線から逃れられず、つむぎは吸い込まれるように見つめ続けた。
「俺も吸血鬼の血が流れてる。だから魅了の力が少なからずあるんだよね」
なるほど、確かに魅力的な見た目をしているわけである。今だって、リヒトの色気につむぎは翻弄されている。
けれど何故か違和感を感じる。
「どう?今、魅了を使ってみたんだけど」
「……よくわかりません」
リヒトの質問に、つむぎは首を傾げる。確かにとても魅力的だし色気もあるので心臓がもたないのではないかと思うほどだ。
けれどつむぎにはいつも満面の笑みでつむぎを抱きしめる犬のようなリヒトの方がとても魅力的に見えたのだ。
「旦那様は……普段がとても魅力的なので、魅了を使われてもよくわからないみたいです」
色っぽいリヒトは確かに心臓に悪いくらいカッコいい。けれど、つむぎが好きなのはいつものリヒトなのだ。
そんなつむぎの答えに、リヒトはとても満足しているようだった。
「ふふっ。よくわからないかぁ」
リヒトは嬉しそうに笑った。そして満ち足りた笑顔でつむぎを見つめてくる。
その笑顔があまりにも魅力的で、つむぎは目眩がした。
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