第24話









 私への意地悪の一件で、Cクラスの結束は強まった。出自も能力もバラバラな私たち。まだ少しぎこちなかった彼女たち全員が、共通の敵を前にして、笑顔で会話を交わすようになっていた。


 狙われて良かった。

 やっぱり、人は目立ってなんぼ。

 私を見てもらうためには、私は目立つように行動するべき。


 でも、いたずらを受けているだけではつまらないのは事実だった。

 この出来事からは、そろそろ味がしなくなってきた。

 申し訳ないけれど、私の方が飽きてしまったのだ。

 意地悪のどれもが楽しかったが、一歩足りない。


 明確な意思表示が。絶対の残虐性が。少々の憎悪が。調味料のいずれもがかかっていないのでは、もう美味しくいただけない。

 つまらない。


「犯人はわかったよ、マリア」


 数日後、イヴァンが机に書かれた落書きを拭いている私のところにやってきた。


「上級生のとある貴族グループだ。同学年ではなかったね。どうも要因は交流会のときの、マリアの行動らしい。調子に乗った給仕、そして、第二王子と親しく話したことが気に食わなかったんだってさ」

「そう。ふふ」


 私は笑う。

 真っ赤な顔で教室を出ていこうとしたシクロの首根っこは、しっかりと抑えたまま。


「そうなの。素敵な催しだったわ。じゃあ、お礼をしないとね」

「どうする? 報復なら手伝うし、諫言だけなら私だけでいいけど」

「駄目よ、ダメ。せっかくあちらから来てくれたお客様だもの。そんな杜撰なものでは駄目。もっと盛大に豪快に、楽しんでもらわないと」


 もうこれ以上待っていても過激化はしなさそうだし。

 打ち止めならば、

 今までのお礼をしっかりしてあげないとね。



 ◇



 人は群れる生き物だとわかった。

 自分の弱点を補うように、自分の強みを生かせるように、適正な集団の中で生きていく。


 だけれども、集団と言うのは表裏一体。

 人の心はわからない。味方であっても、本心を知るのは難しい。

 だから、敵を作るのだろう。

 嫌いな相手を陥れるために、味方を無理やり味方にするために。


「……あんたの仕業でしょ、このこと知ってるの、あんただけだもんね」「違うよ! 私じゃない!」「それに、あんただけのとこに手紙がきてないのはおかしい。犯人だからでしょ」「違うよ! 私が犯人ならそんなあからさまにしないでしょう!」「嘘よ。じゃあ他に誰がいるの?」「……それは」「ほら、言い返せないならあんたがやったんでしょう」「違う、違ううっ」


 私の耳は良い。

 人の声がよく聞こえる。

 とあるグループの崩壊の音が、外の原っぱの上で寝転がりながらでも届いてくる。

 中途半端な味方って、簡単に敵になるのね。知れてよかった。


「この手紙、今まで私たちがやってきたことが全部書いてある」「私たちの個人的な話の内容も」「過去、追い出した子たちにやったことも」「これが親にばれたら、私は終わるわ」「私だって、婚約者に知られたら破談になっちゃう」「危険すぎる。そして、こういうことをする人が仲間内にいるのね」「でも、私じゃない……」「どちらにせよ、手紙がここにあるだけとは限らない」「外に漏れてるかも」「そうなると」「つまり」「だから」「貴方一人のせいだ」


 五人の少女が固まった集団は、私がさっき手持無沙汰に作った泥団子のようだ。

 表面は艶やかで、撫でれば心地よく、茶色い表面は太陽の光を反射して輝く。無垢で綺麗で可愛らしい。


 けれど、ひとたび亀裂が入ってしまえば、崩壊は免れない。どんなに補強しても、元に戻そうと力を加えても、ぼろぼろと、泥は土は指から零れ落ちていく。


「何やってんだ?」


 ミドルが通りかかって、私を見つめた。

 校庭、地面に座り込んで、泥団子を作っては握りつぶして、笑っている私を。

 彼の目が怪訝に歪んだ。


「……何やってんだ」


 再度の質問。

 私は手についた土を汚れを払い落とすと、にっこりと笑った。


「少し、土いじりを」

「土いじりって……」

「土って面白いですよね。単体ではぱらぱらなのに、水を含ませて混ぜれば簡単にくっつく。でも、落とせば割れるし、叩けば壊れるし、とっても欠陥品。だから校舎とかは土を使わないのね」

「……当然だろう。そこらへんの土にそんな力はない」

「ええ、そうなんです。でも、私は知らなかった」


 土も人もおんなじだということを。

 簡単にくっついて、簡単に壊れることを。

 くっつけるのは、水ではダメ。もっと粘性の高いもので、べちょべちょに、ぐちょぐちょに、元のカタチがわからないくらいにくっつけ合わさないと、離れてしまう。


 私は、言葉上だけの、水でくっつけられたような仲間は作らないわ。


 上空から、悲鳴。

 そして、一人の少女が落ちてきた。

 私の隣に、ずどんと。


 二階の高さから落ちてきては、普通の人間がただで済むはずがない。足から落ちたため、辛そうに痛そうに足を押さえて悶える少女。


 私はその子を見下ろして、微笑んだ。


「痛そうですね」

「お、ねがい。……い、いしゃを」

「……ふふ」


 少女の顔が歪んだ。私を見て、私を認識して、顔が引きつった。

 私は、笑うだけ。

 それで十分。

 彼女はすべてを理解する。私は彼女に理解させてあげる。


 ウィンウィンってやつね。


「おい、何してる! 早く医務室に連れていくぞ!」


 ミドルが慌てて駆け寄ってきて、少女を抱き起こした。その肩を支えて、私にも反対側に加わるよう促してくる。

 私はそれに従う。

 けど、少女は絶叫していた。


「いや! あ、貴方は近づかないで!」

「どうして?」


 これ以上ないくらい純粋に笑って見せる。

 こんな綺麗で可愛い私を恐れるなんて、どうかしているわ。

 間違ってるのは、貴方よね。


「……おまえ、何かしたのか?」


 少女の反応を見て、ミドルに疑念が宿る。


「いえ、何も」


 小首を傾げる可愛いマリア。

 事実だ。

 私は何もしていない。

 ただ、外で泥団子を作って壊していただけ。


 あとは、耳に入ってきたことを周りに流しただけだけど。事実に色を塗って、羽をつけて、飛ばしただけだけど。

 それだけじゃあ、何もしていないに等しいわよね。


 ミドルは少女を抱えたまま、無言で去っていった。


 その後。

 少女たち五人は、学校を辞めていった。

 過去、同級生、下級生に脅迫まがいのことをしていたことがバレ、同時に学校外で売春の斡旋。婚約者に対する不義理もあったみたいだ。


 誰が口を滑らせたのかは知らないけれど。

 私への嫌がらせは、ぴたっと収まった。

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