第20話






 あっという間に二週間が経ち、私たちは学院に正式に所属することになった。


 煌びやかな入学式。シャンデリアが天井を占め、用意された椅子の一つ一つに装飾がなされた講堂。今年のイーリス女学院新入生五十名は、そこで教師の、先輩の話を聞いて、今後の生活に思いを馳せた。

 周りを見れば、どこを見ても可愛い少女たち。高ぶらないわけがない。


 入学式を終えると、クラス分けがなされた。

 A,B,Cと分けられ、私はCクラスだった。イヴァンとシクロも同様。

 隣に座るイヴァンが、「家族の身分によって分けられてるんだって」と補足情報をくれた。


 Aクラスは高位貴族。十三名。デリカはここ。

 Bクラスは中、下級貴族。二十七名。ロウファたちが振り分けられた。

 Cクラスは才能枠。能力を買われた子たちで、私たち十名。


 廊下を歩いて戻って、Cクラスの教室に入る。装飾は廊下から確認した限り、Aクラス、Bクラスとそう変わらない。十の席が用意されていて、教壇にはミドルが気だるげに立っていた。


「あら。ミドル先生。おはようございます」

「マリア嬢か。おはよう。言いつけ通り、大人しくしてたか?」

「ええ、とってもいい子にしていましたわ」


 私が笑うと、背後のイヴァンから私にだけ聞こえるくらいの声で、「デリカに抱き着いて、ロウファに疑われたのは、今後の面倒の要因だけど」と注意された。


 ミドルから離れ、自分の席に着く。


「ふふ。いいじゃないの。ある程度の面倒や障害がないと、楽しみがないじゃない」

「まあ、その通りだけどね。マリアは三年間の学生生活、どう過ごすつもり?」

「皆と仲良くなるわ。そして、私をもっともっと、教えてもらうの。私をもっと、教えてあげるの」


 他人を知って、人の心を集めて、同時に、私を知ってもらって、人の心に入り込む。

 私を拡散させて、色んな人の目に映った、色んな私を集めていく。

 それが私の生き方で、楽しみ。


 シクロは頬を膨らませていた。

「仲良くしてくれるのは、私とイヴァンだけでいいですよ。私たちは、家族でしょう?」


 渦巻く嫌悪感と、嫉妬心。

 シクロの目の中に映る私は、世界に一人だけの愛する人。


「ふふふ」


 シクロのことは大好き。愛している。彼女が死んでしまったら、即座に追いかけるくらいに。

 でも、シクロのどこが好きかと問われれば、一番はその執着心にある。私に、私だけに蛇のような執着を見せるその隠しきれないどう猛さが、たまらなく好き。

 だから、育てたいの。

 その歪んだ愛情を、綺麗な愛着を。

 もっともっと。


「何をしたって、貴方が一番よ、シクロ。でも、私は多くの人を知りたいの。私は一人では私自身がわからない。だから、教えてもらわないと、ダメなの。わかってくれる?」

「……貴方が望むのなら。ただし、私が一番だと、証明し続けてください」


 私はシクロの唇に濃厚なキスをして、戻った。

 背後から息を飲む音がする。教室内、前列に座る私たち。他の何人かの生徒に見られた。

 ”見せた”。

 さあ、貴方たちは、私とシクロの愛情行為を見て、何を思うの?


「んふ。許してあげます」


 満足げなシクロ。

 その中で、黒い樹木がまた育つ。


「さて、全員揃ったな」


 黒板に文字を書き記していたミドルが私たちに振り返った。「ん、そこのやつら、顔が赤いぞ。どうした?」と私の背後に目を向ける。


「いえ、その、なんでもないです……」

「そうか? 今日は入学式だし、緊張したのか? 気分が悪かったらすぐに言えよ」

「……はい」


 ミドルの視線が剥がれた一瞬。

 私は振り返って、少女に流し目を贈る。怯えたように、緊張するように、身体を震わせた彼女に微笑みかける。彼女の中で、私は得体の生れない美人だった。期待に添うように、妖艶な所作でもって人差し指を唇に添えた。


 顔を前に戻す。

 彼女の中にも、種を蒔く。

 接吻、身体の接触に関心を、興味を根付かせる。

 後は水をやるだけ。


「――ふふ」


 私は、皆と、仲よくしたいの。

 ミドルは教壇の上で空咳を入れてから話し始めた。


「あー、まずは入学おめでとう。イーリス女学院はおまえたちを歓迎する。俺はCクラスの担当教師になった、ミドル・ライゼフだ。これから三年間、よろしく頼む」

「よろしくお願いいたします」


 あれ? 挨拶を返したのは私だけ。

 ミドルは私を見て、それから他の生徒たちを見た。


「例外を除いて、おまえたちの気持ちはわかるよ。挨拶する権利があるのか。大半は、”私がここにいていいのだろうか”とか、思ってるんだろ? なにしろここは、この国でも絶対的上位の教育機関。国の中枢で働く人間の娘だって、簡単に入れるわけじゃない。これからの国を背負って立つ優秀な人間だと認められたやつだけが、門扉をくぐれるんだ。わかってるやつは気後れして当然だよな」


 だが、と継ぐ。


「まずはここに入れた自分を誇るがいい。一族の階級や身分の差だとか、考えるのはやめておけ。少なくとも、そんなくだらないことに固執するやつは、ここではどこかでぼろをだして破滅する。俺だって、生まれは下町だ。魔術の才能が認められてイーリス学院に入って、ここまで来た。おまえたちの気持ちはわかる。何度でもいうが、周りは気にするな。自分の好きなようにやれ。間違ったなら怒ってやるよ。できるだけ優しくな」


 にやりと笑う。ミドルの無邪気な笑顔に、周りの空気が弛緩する音を聞いた。


 身分。

 確かに、寮の食堂でもCクラスの子たちは端っこの方で食事をしていた。見つからないように、何かから逃げる様に。

 何から?


「偉いと何ができるんですか? 何をされるんですか?」


 質問すると、ミドルの顔が引きつった。


「……こんな世間も知らないやつもいるくらいだ。他の奴らは安心していいぞ」

「私は生徒です。先生はそれに答える義務があるのでは?」

「教えないとは言ってない。一般常識を教えるのも俺の仕事だ。

 偉いっていうのは、立場がしっかりしているってことだ。普通は法に触れることをすると、自分の立場を失うが、偉い奴ってのはそれがない。法すらもみ消すことができる。何でもできるという全能感で、人としての倫理外のことすらできると勘違いするやつもいる。暴力行為、詐欺行為、性的暴力――なんでもだ。世間では立場の弱い人間はそこに従わなければならないが、この学院ではそれを気にするな、ということだ」


 なるほど。

 アンナのぼろぼろになった姿が想起される。あれは”偉いやつ”にやられたのだ。


「つまり、売られたり、手足をもがれたり、顔面をつぶされたり、人ではなくモノにされることがない、ということですね?」

「……そうだが、おまえ、どこ出身だよ」

「孤児院と以前言いました」

「そうだったな。深くは聞かないでおく」


 ミドルはため息をついて、「とにかく」


「おまえたちはここで自由に生きろ。将来のためのコネをつなげ。生きるために縋りつけ。Aクラス、Bクラスの化け物に負けるな。才能と人脈は人生の財産だ。金銭や貴賤には代えられん。ここでおまえたちは才能を磨き、人脈を築き上げろ。わかったか?」


 今度は生徒全員が答えた。

 感心した。

 緊張していた生徒たちを、言葉だけで解きほぐす。

 私はなぜ彼女たちが怯えていたのかもわからなかった。目を覗いても、感情しかわからず、その要因までは闇の中。


 目指すは、ここか。

 世間、一般常識。

 それらを学んで、私を埋没させる。世間の中に溶け込ませる。


 他人の気持ちがわからないといけない。

 人の皮を、より強固なものにしなければならない。

 私は、ここでそれを学ぶ。学ばなければならない。

 より人らしく。それが、私が望む化け物に必要な過程だ。

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