第4話 対話、決定、覚醒

 食堂にはすでに母レーナと父ラバグルトの姿があった。記憶よりも少し若い父を見て思わずマリアは立ち止まる。


___お父様はあんなにも穏やかな顔をする人だったかしら?___


 マリアの記憶にある父はマリアに会いにきてもいつも辛そうな顔をしていた。それがいつからなのか思い出せなかったがそれでも、今の父をみてマリアの心から嬉しくなった。


「お待たせして申し訳ありません。お父様、お母様」


 席について、運ばれてくる食事をしながらマリアはいつ言い出そうかとチラチラと父を確認しながら食事をしていた。久しぶりの家族での会話はもちろん楽しんでいたがそれどころではなかったのが本音である。デザートが運ばれてきた時に父がにこやかに言った。


「それでマリア、何か私にお願い方があるんだろう?今日は嫌いな野菜も素直に食べていたし」


「えっ」


 そう言われて、そういえば昔は苦い野菜が嫌いで何度も残していて文句を言った事もあった気がする。その度に父や母にも嗜められていた。マリアは16歳になってからある程度の野菜は食べられるようになっていたし、牢屋での生活から食べられるもので有ればなんでもおいしいと感じるようになっていた。そんな昔の幸せな記憶も忘れていた。


___余裕があってはじめて人は幸せな記憶を思い出して談笑する事ができるのね___


 マリアは生きるために必死だったあの牢での日々は後悔や懺悔、そんなことばかり思いかえしていた。


「美味しかったから気が付きませんでしたわ。いつもありがとう。もう、どんなに苦いお野菜でも大丈夫ですよ」


 デザートという事もあり、扉のそばに控えていたシェフにマリアは感謝を伝えた。あの日々で伝えられなかった言葉をやっと口にする。驚きと共に慌てて頭を下げたシェフとマリアの言動にラバグルトとレーナは驚いた。


「驚いた。マリアはもうすでに立派な令嬢<<フロイライン>>になっていたのか」


「子供の成長ははやいですわね」


 二人が微笑み合っているのを見てマリアは今だと確信した。


「お父様!お母様!私もっと国の事を勉強したいんです。帝国の役に立つために、えっと、そう、国の仕組みなども。だから、その、家庭教師をつけていただきたくて」


 マリアには学びたいという意欲はあっても、どうすれば学べるのかなんて具体的な方法はわからなかった。だから家庭教師というマリアが何かを習うときのやり方を上げたが、国の制度を教える家庭教師というものが存在するのか見当がつかず途中で言い淀む。


「マリア、あなたは女の子なのよ?別に皇帝になるわけではないのだからそのようなことよりもっと他の事を学んだ方がいいわ」


 レーナのその指摘は帝国の一般的な考え方だった。女性は勉学ではなく男性を支え家を守るべきという考え方が根付いた帝国ではマリアの主張はどちらかといえば異端な提案だった。


「お母様、私はお父様の手助けができるような人になりたいのです。それに、私は皇女です。自分の国の事を何一つ知らずにいることは、それは、とても恥ずかしいことではないですか?」


 マリアは父と母を見つめた。あの日の後悔をやり直すためにマリアは祈るようにそれを伝えた。


「マリア、それは本気かい?」


 ラバグルトが口を開く、その声は威厳に満ちていて、食堂はシンっと静まり返る。メイド達も給仕たちも誰もその場では動けなかった。少しでも動いたら今すぐにこの皇帝に殺されるのではないか、そんな緊張感だった。マリアはその父の言葉と視線を真正面から受ける。手は緊張で強く握りしめられていて、背中には嫌な汗をかいた。足は震えているし逃げ出したいほど怖かった。

 それでも、マリアは逃げたいと思っても逃げてはいけない時には逃げない人だった。あの日、断頭台でマリアは逃げたり暴れたりすることなく自ら断頭台に首を乗せた。それが諦めだろうが決意だろうが誰にでもできることではない。


「ええ、お父様。私は心からそう思っております。きっとお父様やお母様には迷惑をかけたりすると思いますし、これが異例な事だと分かっています。でも、きっと私がやらなくてはならない事です」


 マリアはそう言い切って父の目を見た。本当は数秒だったのだろうがその沈黙はマリアにはひどく長く感じた。


「本気なんだねマリア。わかったよ。その覚悟に見合うだけの用意をこちらで進めよう。国で一番の家庭教師を用意し、マリアが必要であれば他の物も準備させよう」


 皇帝のその言葉に周囲がざわついた。いちばん取り乱したのは母のレーナだった。


「あなた、そんな、本気ですの? マリアの将来はどうなります。誰が勉学に秀でた女性を妻にと言うのです」


「必要になれば隣国から婿を迎えればいい。マリアのその覚悟に見合うだけの教育を受けさせる。マリア、お前がその道を行くというのなら私はそれに応えよう」


「ごめんなさいお母様、そして、ありがとうございますお父様。私頑張ります!」


 この時、マリアと周囲の人間にはかなりの誤解があった。マリアは本気で勉強したいとは言ったが皇帝の座をつぐつもりなどこの時は一切なかった。勉学をしたいのは、なぜ自分が死ぬことになったのか、なぜあんなにも国が衰退したのか原因を知りたいという知識欲からだった。


 だが、スーパー箱入り世間知らずのマリアは知らなかった。この国に置いて一般の女性が勉学を志すというのは結婚を捨て、女性としての幸せではなく研究者として生きるという意味であり、皇女であるマリアが"父の助けになる"というキーワードと国の制度や国について学ぶと発言した事はすなわち皇帝の座を望むという意味になる。


 ラバグルドはマリアは当然その意味で言っていると勘違いし、その覚悟を問いマリアはその覚悟に応えた。いや、応えてしまった。


「ごめんなさい、私があなたの息子を産めていれば」


「違うぞ、レーナ。前々から思っていた事だ。必要で有れば皇位は優秀な者に継がせれば良い。マリアの夫というだけで皇帝の威厳は保たれよう」


 本来、皇帝の子息が一人だけなどあり得ない話だが、ラバグルドは妻のレーナを深く愛し側室を迎える事はなかった。これから先、息子が生まれずとも優秀な帝国の貴族を継がせようとラバグルドは考えていた。しかし、高位の貴族であればある程その性格は助長した帝国貴族の悪辣な性質を孕んでいた。だからこそふさわしい物がいないとして、マリアの許嫁を決めかねていたところにマリアがそんな発言をする物だから皇帝は内心喜んでいた。


「マリア、しっかりと励みなさい。私たちの責任は途中で放り出せるほど軽くはない」


「わかりましたお父様。ありがとうございます!」


 マリアは前世では全く聞き入れてもらえなかったお願いが聞き届けられてご機嫌のままデザートを口に運ぶ。いつも楽しみにしているデザートが今日はより一層美味しく感じられた。


_____でも、お父様はあんなにも私に国の事を教えるのを嫌がっていたのにどうして許してくれたのかしら?_____


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