第3話 活動開始

 マリアは体調が回復するとすぐに動き始めた。なによりもまず勉強をしなくては!そう思ったのだが。


「勉強、ってどうしたらいいのかしら」


 早起きをしたマリアはベッドの上で悩む。

 マリアには家庭教師は付いている。しかし、リヒトオーフェン帝国では皇族・貴族の女性は基本的には政治学や帝王学などは学ばない。


「どうしましょう」


 舞踏会でのダンス、バイオリンやピアノ、お茶会のマナーや刺繍など教えてくれる人はたくさんいたがそれを極めたところであの国の惨状をどうにか出来るとは思えなかった。なによりも、前世の記憶があるのだからそれらに関しては目を閉じていても出来るほどにマリアは極めていた。


なぜならマリアはボッチだったから。


 王宮の中でスーパー世間知らずと化したマリアは友達もゼロでメイドや家庭教師からは距離を置かれて一人で習ったことを復習するか帝国で出版される少女向けの物語を読むくらいしかやる事がなかった。


__なんだか思い出すだけでもすこし悲しくなってきたけれど、やるしかない___


 そう、父へのおねだりである。マリアは前世でも外に出たいだとかそんな感じのお願いを何度かしていたが却下されてきた。前世で、マリアは外の世界について知ることは許可されていなかった。


昔の前世の自分なら諦めることができた。外の現状も知らず、そういうものだからと諦められた。しかし、マリアは前世で短い時間ではあったものの自由を知った。理不尽で怖いことばかりの外の世界だったけれど、マリアにとって外の世界は18年たって初めて見た世界だった。だからこそ、行動せずに諦めることはできなかった。もしかしたら今もこの王宮の外では沢山の人々が苦しんでいるかもしれないのだから。


「ま、マリア様、もう起きてらしたんですね!すみませんすぐに支度を」


「ありがとう」


メイド長のザラがやってきてマリアはベッドから降りて数人のメイド達にドレスを着せてもらう。首元のアザは何人かの医者に見せたが治らなかったから、そのアザを覆うようにチョーカーをつけて食堂に向かう。廊下をザラと歩きながら少し気が重くなる。また父に断られるかもしれない。そうすればどうやって勉強をしたらいいのだろうか?そんな不安が胸にいっぱいになって口からため息としてこぼれてしまった。


「マリア様、もし体調がすぐれないのでしたら部屋で取ることもできますが」


「いいえ、今日はお父様にお願いがあるから、食事をしながら話をしたくて」


「そうでしたのね。失礼を」


 メイド長のザラはスッと頭を下げる。ザラはずっと昔からマリアに仕えており、この数年後に結婚してマリアの元から去っていく。厳格で厳しい彼女だが、間違わない彼女をマリアはとても信頼していた。とてもお世話になった人なのにあの動乱を彼女が生き抜いたのかどうかも気にかける事も、思い出すこともなかった。


「ねぇ、ザラいつもありがとう。私ね、あなたにいつも助けられていたのよ」


 だからこそ前世の分も込めた感謝を伝えたかった。いつでも感謝を伝えることはできない。いつだって、何かを伝えたいと思った時には手遅れだということをマリアは前世で身をもって知っている。だからこそ、今世ではちゃんと感謝を伝えようと思った。


「えっ」


「いま、メイドたちは大丈夫?不自由なく暮らせているかしら?」


「は、はい、皇帝陛下、皇后陛下、マリア様の温情で何不自由なく過ごせております」


 ザラは唐突なマリアの感謝の言葉とこの質問の意図を図りかねていた。マリアはザラやメイド、近衛兵にとっても優しく他の貴族に比べればありえないほど礼儀正しく人として扱ってくれた。ザラ自身、皇后陛下に見出されるまで下級貴族で人とは思われていないような生活をしていた。だからこそ初めはマリアの優しさに感動した。

 しかし、マリアはどこまで行っても世間知らずのお姫様だった。そんな彼女は自分と同じような生活をメイドたちも送っていると疑っていないようなところがあった。そんな少女からこんな質問が飛び出してくるのは予想外だった。なによりマリアの真紅の瞳が真っ直ぐザラを見すえたことに驚いた。


___マリア様はこんなふうに真っ直ぐに人を見つめる方だったかしら?___


「お父様は苛烈な法で国民を困らせてはいないかしら?」


「そんな、そのような噂どなたからお聞きしたのですか? マリア様。ラバグルト皇帝陛下はリヒトオーフェン帝国きっての素晴らしい皇帝陛下です。きっと、歴史に名君と名を残すお方ですわ」


 今度こそザラは驚きを隠せなかった。ラバグルト皇帝陛下はリヒトオーフェンのみならず隣国にも名を轟かす名君でそんな噂を言うような人がいるとはザラには思えなかった。しかし、マリアのその瞳には何か意図があるような気がしてザラは深く考える。ローズ・ブラッドとも称される深い真紅の瞳は、皇族のみに見られる特徴で宝石のような輝きを持っているその瞳には人を動かす迫力があった。


___なるほど、メイドたちの不満を聞いたのはメイドたちの中に陛下と敵対するものがいる可能性を示唆しているのね。メイド長として、監督を強めなくては___


 ザラがそんな勘違いをする中、マリアはそのセリフを聞いて少し目を伏せた。それは、マリアが小さい時から聞かされていたセリフだったからだ。小さい時からマリアにとって父は本当に素晴らしい皇帝だと言われて生きてきた。そしてそれはマリアにとって疑い様もない事実だった。だが、今はそれすらもわからない。


「そう、ありがとうザラ。ごめんなさい変な事を聞いてしまったわ」


「いえ、マリア様。なんなりとお聞きください。私どもでお力になれる事であれば必ず」


___ザラはそう言ってくれる。でも、その忠誠に見合う価値が私にはあるのかしら? ___


 マリアはザラのいう事が信じられないわけではなかったが、前世で人は口ではなんとでも言える事をマリアは知ってしまった。悪意があろうとなかろうと、人は口では事実をどのようにも表現できる。だからこそ、今度はマリア自身の目で確かめなくてはならない。


 そして、そうなれるような自分にならなくてはならない。マリアは決意を新たに開かれた執事によって開かれた食堂の中に入った。

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