第2話 目覚め

 暗闇の中にわずかな光を見つけたマリアが目を開けるとそこには病気で亡くなったはずの母レーナ・フォン・リヒトオーフェンがいた。ゆるくウェーブのかかった黒髪にヴァイオレットの瞳とその目元にある泣きぼくろはマリアが10歳の時に亡くなりその肖像画でしかほとんど思い出すことができなかった母の姿だ。


「ここは、天国?」


「まぁ、マリアったら安心して。大丈夫よ。熱が出て苦しいでしょうけど母がついていますからね」


 マリアはあたりを見渡してその場所が自分の部屋である事に気がついた。豪華な調度品で作られたそれは全てマリアが幼少期に使っていたものだ。何が起こっているのかマリアには全く検討がつかなかった。自分はあの処刑台で首を落とされたはずだ。


「お母様」


 マリアが手を伸ばすとその手は子供の手だった。熱に浮かされながら何が起きているのかわからなくて困惑する。でもマリアにとっては亡き母が生きていることが心の底から嬉しかった。


「大丈夫よ」


母がそう言って手を取ってくれたがふとマリアは思い出した。

____たしか母は病気で亡くなったのではなかったかしら?____

 父はそう言っていた。だからことマリアは布団を頭までかぶって母から距離をとる。


「お母様、風邪がうつってしまうわ。私は大丈夫だから」


「優しい子ねマリア。大丈夫、お医者様もそこまで悪い風邪ではないとおっしゃっていたわ。すぐに治るわ」


 母の優しい声にマリアは鼻の奥がツーンとした。熱はその日の夜には下がり、体調も回復した。そして、母との会話で自分が9歳の頃の自分になった事がわかった。月明かりの中で手鏡を除くとそこには、幼い頃の自分がこちらを見つめている。


「夢、ではないのよね」


マリアには、あの恐ろしい斬首が夢だったとは思えなかった。なぜならあんなにもリアルで今思い出しても背筋が凍るような鮮明な記憶、そして首元に昔はなかったアザが浮かんでいた。そのアザは首を一周する様に現れていた。マリアが熱を出した際に首元に現れたものであると医者は説明し、それが何なのかはわからないと伝えられた。しかし、マリアには、いや、マリアにだけはそのアザが何なのかすぐにわかった。

____これは私が首を落とされた時にできた傷跡だわ____


 あの時、民衆たちは首を切り落とすために錆びた斧を使った。切れ味の悪い斧で首を切るために、何度も斧を振り上げていた。だからこそできた、その傷跡はまるで首元に荊が巻き付いたように見える。


「今度こそは、間違えないようにしなくては」


 首を落とされるなど何度も経験したい事ではないし、マリアは前世とも言えるあの時空で一つの学びを得ていた。アーサー王子に言われた皇女という責任ある立場で無知では許されないということだ。


___それに、今は母が生きている。今のうちに有名なお医者様をたくさん王都に集めればお母様の病気も治せるかもしれない。___


 マリアはその夜、誰もいない部屋で父も母もそして国民も幸せになれるように努力し責任を果たすことを決意した。


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