ぬいぐるみの中で

甘木 銭

ぬいぐるみの中で

 僕は今、ぬいぐるみの中にいる。

 何もそういう趣味という訳ではなく、やむにやまれぬ事情によって。

 目の前ではゴソゴソと動く人の気配。

 彼女だ。

 当たり前だろう、ここは彼女の部屋の中なのだから。

 人よりも背の高いくまのぬいぐるみの中で、僕は手足を折りたたんでくまの四肢に突っ込む形で息を潜めている。

 当然、彼女は僕が彼女の就寝を待っていることなど知らない。

 彼女が寝付いた後で、今までで最高のサプライズを仕掛けるつもりだ。

 視界は布と綿に阻まれて何も見えないが、僅かにくぐもったような音が届く。

 彼女は鼻歌を歌いながら料理でもしているらしい。

 彼氏がこんな状態だというのにご機嫌なもんだ。

 しかしぬいぐるみの中というのは熱いものだ。まあ巨大な布団に全身組まなく包まれているようなもんだからな。

 しかしこの状態で、さらに彼女に気が付かれないように息を潜めて、身動きもしないようにというのは中々にハードルが高い。

 いや、頑張れ僕。

 この後待っているサプライズのためなら、これくらい平気だろう。

 これが成功した時の彼女の表情を想像するだけで、気力が奮い立つというものだ。

 彼女の驚いた顔と反応を思い浮かべていると、恍惚のあまりか、頭の奥の方がグラッと来た。

 まずいまずい、気を付けないと。

 何せ血を流しすぎたからな。

 まだ刃物の冷たさを覚えている脇腹を抑えることも出来ず、痛みと痒みをこらえる。

 二時間前、僕と彼女は些細なことで喧嘩をして、僕の脇腹に包丁が強制訪問する事態にまでなってしまった。

 出血で気絶した僕と、死んだと思って焦ったのか、ぬいぐるみの中に押し込んで証拠隠滅を図った彼女。

 くまに飲み込まれている途中で意識を取り戻しながらも、混乱して騒がなかった自分を褒めてやりたい。

 しかし、この状況で鼻歌を歌っていられる彼女の神経には舌を巻く。

 すぐにそんな余裕なくしてやるからな。

 次は君がここに入る番だ。

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ぬいぐるみの中で 甘木 銭 @chicken_rabbit

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