縫いぐるみ

雨月 史

縫いぐるみ?

「お母さん!!私絶対この子欲しい!!」


「亜希ちゃん…あんたしつこいな……もう言い出したら聞かないんやから。」


「え!!買ってくれるん?」


「買わなテコでも動かへん!!って顔してるやんか。仕方なしやで……ほんまにもう。」


「やったー!!嬉しい!!あなたなんて名前にしようかしら?ピンク色のウサギちゃんだからピンちゃん?いや……あんまかわいないな…うーんかわいい耳だから『ミミ』ちゃんにしよか。」



。。。。。。


私がこの家に来たのは6年前だ。

持ち主の亜希ちゃんは私をとても可愛がってくれた。寝る時はもちろん、幼稚園に行く時まで連れて行くと聞かなかった。それで何度か一緒に幼稚園に行った事もある。

とても懐かしい思い出だ……。



「ただいまー。あー今日も疲れたわ。」


亜希ちゃんが帰ってきた。

緊張が走る。


「……。」


無言は危険だ。

彼女は私のミミを持って、壁に放り投げた。


「ドゥベシ!!」


壁に思い切り殴打する。

2回3回……それから今度は踏みつける。


「グッグッグリグリ!!」


何度も何度も……。

私はただのウサギのぬいぐるみ。

痛みなんて感じないし、痣にもならなければ血も出ない。でも大切にされなければ、やはり気分が悪いのだ。

今日はなんだか一段と激しい。ついに縫い目がほつれて中の綿が剥き出しになった。

すると……


「みみちゃん。君はこのままでいいのかい?」と誰かが言った。


「嫌よ。昔みたいに優しくされたい。抱きしめられながら一緒に眠りにつきたいよ。」


「そうだよね。じゃーさみんなで一緒に願おうよ。彼女が私たちの気持ちが伝わるように。」


「みんなっていったい誰と?それに願うっていってもね……私はただのぬいぐるみよ。」


「僕たちはミミちゃんの一部だよ。綿 布 糸 その他もろもろさ。願うのはそんなに難しい事じゃないよ。生き霊て知ってるかい?」


「生き霊!わからないわ。」


「生きながらにして相手に対する呪怨をとばすんだよ。それはただ念じればいいんだ。」


「何言ってるの?私はそもそも生きてないし、生き霊とかいわれてもね……それに呪怨って……。」



「難しく考えたら駄目だよ。みみちゃんは亜希ちゃんにどうしてほしいの?」


「どうして欲しいか?う〜んそうね……私の気持ちをわかってほしい……私はただ昔みたいに一緒に過ごしたいだけ。」


「じゃーやってみよう。我らぬいぐるみを担う者たち、我らが主の思いをで共に願おう。」



私は願った彼女が私の気持ちに気づいてくれるように……。



。。。。。


チッチッチ……

雀のさえずり……

いつものように朝を迎える。

亜希ちゃんは朝は機嫌がすこぶる悪い。

だから少し緊張する……

ん?なんかいつもと景色が違う?何これ?なんで天井なんか見えるの……ってん?あれ?

体が思うように動く?

どう言う事かしら?ん……あの棚の上に置いてあるの……私じゃないかーー?!

慌てて起き上がり部屋にある鏡の前に立つ……。


「えーー!!!!!」


どうしよう私、亜希ちゃんになってる!!


「亜希?どないしたん?朝から大きな声だして、寝呆けてたらあかんで!!急がな学校おくれるで!!」


「あ……うん。」


「あんた相変わらず鈍臭いなー、サッサとしてしまってな、お母さん今日仕事やで7時半までに食べ終わってな。」


「うん。あのお母ちゃん……。」


「ん?どないしたん?」


「いやなんでも無い。」


どうしよう。人間の暮らしなんて私にできるかな……。


。。。。。。


……ちょっとこれ、いったいどういうこと?

私全く動けないし、さっき私が目の前を通った。


「亜希ちゃん君は今ミミちゃんと入れ替わったんだ。」


「誰?いったいどういうこと?」


……そうか私ぬいぐるみになったんだ。

学校に行かなくていいんだ!!



。。。。。


ここが学校か……場所なんか知らないけど、

体が勝手に動いたわ。


たくさんの教室の中で私は6年2組の教室に吸い込まれるように入った。


ざわつく教室。男の子たちが走り回り、女の子達が何人かで連なっておしゃべりに夢中だ。けれども不思議と誰も私に話しかけてこない。ひょっとしてみんな私が亜希ちゃんじゃないって気がついてるのかしら?

それにしても何か嫌な視線を感じる。

なんか女子たちがチラチラ私の方を見ている気がしてならない?私が本当はぬいぐるみった気づいているの?


私はオドオドと教室の1番後ろの角の席に座る。机を見ると机にマジックで、みみちゃん大好き♡と書いてある。明らかに亜希ちゃんの字じゃない。悪意を感じる字だ。

すると男の子が二人寄ってきてこう言った。


「おい、亜希ー今日もミミちゃんとおねんねしたのか?」


すると何人かの男の子が爆笑して、

クラス中の女の子がクスクスといやらしい目で私の方を遠目で見た……。


何これ?

人間の世界ってこんなんなん?

どうして?どうして亜希ちゃんだけこんな目で見られないといけないの?


「おい静かに!!もうすぐ朝の会始めるよ。

みんな席に着いて……。なんだ亜希何をまた不快そうな顔をしたいるんだ。『みんなで仲良く6年2むにの親友』がうちのクラスの合言葉だろ!さーみんなも仲良く良いクラスにしよう!!」


なんなんだこの人間くずたちは、

子供もそうだけど大人まで一緒になって

でその仕打ちか。

………亜希ちゃん辛かっただろうな。

そこで意識が遠のく……。



。。。


動けないってしんどいわ。

なんの楽しみもないやん。

本も読めないし、

テレビも見れない。

ご飯もおやつも食べられない。

ぬいぐるみって楽しくない。


「気づいたかい?ミミちゃんはいつも亜希ちゃんの事を思って見守ってくれていたんだよ。」


「誰?うん。僕たちはぬいぐるみ連合のチーム『縫いぐるみ』悲しきぬいぐるみたちに愛を与えてもらう為に…。」


「うーん。長すぎてわからへん。けど、わたしミミちゃんにいつも八つ当たりしてたから……きっとミミちゃん怒ってしもたんやな。悪いことしてたわ。だからぬいぐるみにされちゃったんやね……。」


「うーん…なんで亜希ちゃんはミミちゃんに乱暴な事をするのかな?」


「だ・か・ら・八つ当たりっていってるやん!!でも……なんでなんやろう?」


「うん。ちょっと考えてみて。」


「う〜ん……きっと寂しいから。」


「さみしいから?」


「うん。誰も私の気持ちなんてわかってくれへん。いつもいつもいやーな思いして学校に行ってるのに……。前からこんなんや無かったんやけどね……。ある時宿題でね……作文を書いてんか。お題は『私の大切なもの。』だから私は迷わずミミちゃんの事を書いたんや。せやけどね……その発表会の時ある男子がね……『お前小6にもなってウサギのお人形が大好きなのか?!!』て叫んだんや。

そしたらなんか急に恥ずかしなって……顔真っ赤にして……ほんで途中で読むのやめた。表面上は先生も、『おかしな事いうたらあかん!!』て怒っていたけれど……でもあのおっさん、ずーーーーと笑ってた。

そしたらミミちゃんの事がすごく憎くなってしもて……私がみんなから変な目でみられるのはミミちゃんのせいや!!て思ってしもた。けど………。」


「けど?」


「……。」


ガチャと突然部屋の扉が開いた。



「ほんまは今も大好きなんでしょうミミちゃん。だって亜希ちゃん無茶苦茶したあと、必ずぎゅーと抱きしめてそれできれいにして、同じ場所にもどしてるもの。」


「ミミちゃん?!」


そこには亜希の姿のミミちゃんがいた。



「亜希ちゃん辛い思いしてたんだね。今日学校てとこに行ってはじめてわかったよ。私は人間みたいに自由に動けたらどんなに楽しいだろうか?と思っていたわ。けれども人間の心っていうのは私が思っているより、ずーっと複雑なのね。」


「ミミちゃん……私本当は学校なんか行きたくない……いつもいつもみんなの目が気になるんや……だから息苦しい。私ずっとミミちゃんと変わったままでいい。」



「亜希ちゃん。だめよ。このまま逃げ続けたらあなたは一緒ぬいぐるみのような置き物の人(形)生を送らなければならないわ。」



「ミミちゃん……。」



「あの……取り込み中申し訳ないのですが…

…。」


「なんや?どないしたん?」



「そろそろ呪怨が解ける頃です。お互いわかり合えたという事でいいですか?」



「なんや呪怨て時間制なんか?」



「まーまーそんなもんですよ。私たちも多くのぬいぐるみ達を救わなければならないので……。そこんとこよろしくお願いし……。」



ありゃ?なんやまた眠たくなってきた。



。。。。。



「亜希ちゃん。亜希ちゃん大丈夫?」



「ん?あれ?うちどないしたんやっけ?」



「うん、なんか急にフラフラって倒れてしもたから、びっくりしてうちと田中で保健室に運んだんよ。」



「委員長と田中で?委員長はわかるけど、なんで田中が出てくるの?」


「なんや亜希ちゃんしらんの?」


「なんの事や?」


「田中が亜希ちゃんにやたら『ぬいぐるみ』とか言ってちょっかい出すのわさ、亜希ちゃんの事が好きなんやで。」


「えーーーーー!!!!!」


。。。。


あの日の事は夢やったんやろうか?

私はあの日の朝学校に行った記憶は曖昧だ。

けれど朝からフラフラしていて、

授業が始まる前に突然倒れたらしい。


どこまでが本当でどこまでが私の夢なのか、それはわからないけれど、私はあの日以来ミミの事をもっと大事にしようと思った。



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