ぬいぐるみのクマナイト

一陽吉

これでもナイトだ

 俺の名はクマナイト。


 クマのぬいぐるみだ。


 身長二十センチ。


 茶色い毛並みが特徴の一般的なぬいぐるみで、中身は訳ありな綿が詰め込まれているが問題ない。


 そんな俺のあるじは五歳のお嬢、ユリア。


 背中までとどく金髪のウェーブヘアをして、緑の瞳をした純粋な女の子だ。


 だから三歳の誕生日にお父上から俺がおくられると、

「うわー、かわいい、最高!」

 と言って俺を抱きしめてくれた。


 まあ、俺がかわいいのは自覚してるし、当然だが、感激してくれるのは嬉しい。


 ちなみに俺をクマナイトと名付けたのはお父上で、ユリアは略した愛称のクマナと呼んでる。


 それからおよそ二年になるが、俺たちはいつでもどんなときでも一緒。


 食事も、幼稚園にいるときも、帰って来てからも、風呂も、トイレも、寝るときも俺たちは一緒だ。


 離れることがない。


 それでもユリアはきちんと挨拶をし俺に声をかける。


「おはよう、クマナ」


「クマナと一緒にいってきまーす」


「クマナ、今日もみんな元気だね」


「明日もみんなで遊ぼうね」


「クマナと一緒にただいまー」


「お風呂楽しいね、クマナ」


「おやすみ……、クマナ」


 と、こんな感じで毎日、飽きることなく続けている。


 風呂も一緒だが、俺が濡れる心配はないし、その時は、固定された顔でこそ目をあけているが、心の中では目をつむっている。


 無防備な女の子の裸体を見るのは俺のプライドが許さねえ。


 それはさておき、ようはユリアが幸せに暮らしているってことだ。


 だが、それにかまわずユリアを狙う奴がいる。


 ──例えば先週でのこと。 


 幼稚園のプチ遠足みたいなもんで農場へ見学に行ったときだ。


 ハンターミストが現れた。


 こいつは邪悪な魔導士が放った霧で、純粋な魂を刈り取っていく。


 あたりまえだが、魂が無くなればそいつは死ぬから、殺人の霧ともいえる。


 しかもハンターミストは普通の人間には見えねえ。


 快晴の夏空から、一メートル大の黒い霧が迫っても、農家の人たちや引率する幼稚園教諭、二十人ほどの園児も気づかねえんだ。


 それはユリアも同じ。


 ユリアは大魔導士のお父上とIT系企業の社長をしているお母上との間に生まれたが、どうやら魔法関連で受け継いだのは高純度の魂をもっている点だけのようだ。


 そして、高純度の魂は高度な魔法を使う場合に材料として用いられる。


 だから邪悪な魔導士は自由に形を変えられ飛行するハンターミストをばら撒いて、労力をかけずに魂を集めているんだが、ユリアに気づいて真っ直ぐに急降下してきた。


 冗談じゃねえ。


 俺のかわいい主を死なせるわけにはいかねえぜ。


 とはいえ、このままでは俺もただのぬいぐるみ。


 動けやしねえが、守るのに物理的な行動は必要ねえ。


 迫る脅威に対して、魔力でできた一撃を喰らわしてやればいい。


 成人男性と同じ大きさで、ちょいとキュートなクマの右手を突き上げ、ハンターミストを消し飛ばしてやったぜ。


 見せてやりたいくらいのカウンターを決めたが、その手は魔力体だからハンターミストと同様に、誰も見えていない。


 ──そういうことさ。


 俺は単なるぬいぐるみじゃねえ。


 ユリアという王女を守るナイトであり、俺が自我をもっている理由もこれだ。


 魔法の力を持たないユリアのために、せめて普通に暮らせるようにと、お父上が俺を作って与えたんだ。


 そして、ぬいぐるみなのも、まともな護身用魔具を持たせれば逆に目立つという配慮からってわけだ。


 まあ、それも子どものうちだけで、成長すればまた何か別なものになってユリアを守ることになるだろうけどな。

 

「──クマナ、今日も一日、楽しかったね」


 そう言って幸せそうに話すユリア。


 いいねえ、その笑顔。


 いつまでも俺が守ってやるぜ!

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