彼と私のテディベア

桐山じゃろ

彼と私のテディベア

 私の誕生日に彼が贈ってくれたテディベアには、盗聴器が仕掛けられていた。

 ようやくかぁ、って思った。

 私が彼に贈ったものには全部、盗聴器を仕掛けてあるの。

 だから、彼がその日何をしたいか、何を食べたいか、何を見たり聞いたりしたか、全部全部知ってた。

 最初は「以心伝心だね」って喜んでくれてたのに、最近は気味悪がってたね。


 部屋のローチェストの上のものを全部捨てて、テディベアだけを置いた。

 テディベアをあちこち触ると、お腹の表面あたりに小さな異物があった。

 私は笑いたいのを一生懸命こらえて、テディベアを撫でた。


 それから毎日、テディベアに話しかけた。

 朝起きたら「おはよう」、出かけるときは「行ってきます」、帰ってきたら「ただいま」。

 朝からお肌の調子が悪くてお化粧が上手く乗らないこと。

 通勤電車が線路内立ち入りで止まったこと。

 会社で仕事が上手くいかなかったこと。

 お昼のランチが美味しくなかったこと。

 上司のミスをフォローするために残業になったこと。

 帰り道で酔っ払いに絡まれたこと。

 立ち寄ったコンビニでお気に入りのおつまみが売り切れてたこと。

 読んだ本が面白かったこと。

 ネットで知った泣ける話のこと。

 お店で見かけた可愛い服のこと。

 スマホを機種変したこと。

 友だちと思っていた子に縁切りされてたこと。

 母と私を置いて出ていった父親が自殺していたこと。


 たくさん、たくさん話した。


 将来、彼と結婚したいこと。

 子供は三人欲しいこと。

 一軒家に住みたいこと。

 休みの日は家族でキャンプや旅行に行きたいこと。


 なんでも、テディベアに話した。

 盗聴器を仕掛けたってことは、私のことをもっと知りたいってことよね。

 だから、毎日、毎日、どんな些細な事でも、全部、ぜんぶ話した。



 お互いに仕事が忙しくて、テディベアを貰ってから一ヶ月くらい、会えなかった。

 彼から連絡があって、近くのファミレスでデートすることになった。

 久しぶりに会った彼は目の下に酷い隈を作っていて、なんだか痩せていた。

 無理なダイエットは良くないよ、どうしたの?

 そう言おうとしたら、彼から「別れたい」って。

 どうして?

 なんで?

 根気強く問い詰めたら、彼から「悪かった」って。

 彼ったら、テディベアに、盗聴器を仕掛けたことを白状しちゃった。

 秘密っていうのは、墓場まで持っていって初めて成立するんだよ。

 バラしちゃったら面白くないわ。

 でも、そんなこと私は気にしない。

 だから、別れたくない。


 彼は立ち上がって何か叫んで、テーブルに一万円札を置いて、お店から出ていってしまった。


 私はゆっくり立ち上がって、一万円札を鞄に仕舞って、自分のお財布から会計をして、店員さんに「お騒がせしてごめんなさい」と謝ってから、お店を出た。


 大丈夫だよ。

 あなたが着ていたジャケットにも、盗聴器は仕掛けてあるの。

 あなたが持っていた鞄の中にも。

 あなたが履いていた靴にも。

 あなたの車の中にも。

 あなたの部屋にも。

 あなたの実家にも。

 あなたの会社にも。


 どこまでも一緒だよ。

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彼と私のテディベア 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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