拾うべからず

尾手メシ

第1話

 道に落ちているぬいぐるみを拾ってはならない。

 それがどんなにつぶらな瞳であなたを見上げてきても、やわらかそうな小さい手を伸ばしてきても、けっして拾い上げてはならない。それは道に落ちたのである。真っ逆さまに落とされたのである。


 道に落ちているぬいぐるみを撫でてはならない。

 それがどんなに手触りが良さそうに見えても、けっして撫で上げてはならない。それは汚れている。けがれれている。他人の背中に縋り付くような、他人の頭を見下ろすような、そんな仄暗い、底にうごめく何かの影のいる中にけ込まれて真っ黒に変色し、表面ばかりを繕ったものである。よく見ろ、あなたが模様と思っているものは、踏みにじった靴の痕である。それは道に落ちたのである。世界から切り離されたのである。


 道に落ちているぬいぐるみを暴いてはならない。

 それがどんなに甘い匂いで誘っても、けっして中を見てはならない。そこに白い綿はない。そこにやわらかい綿はない。中に残っているものは希望ではない。絶望ですらない。もっと醜悪で、陰惨なえた匂いを放つ、どろどろに煮詰まった、まとわりつくような粘度をともなった湿った欲望である。それは熟れた果実の芳醇さではなく、醜く腐り果てていった過去の排泄物である。それは道に落ちたのである。異形の姿へと変じさせられたのである。


 道に落ちているぬいぐるみを覗き込んではならない。

 それがどんなに可愛らしくとも、けっして顔を見てはならない。それは全てをつまびらかにしてしまう。全てを暴き、全てを撫でて、全てを拾う。語るべきでないものを拾い上げ、見せるべきでないものを撫で上げ、るべきでないものを暴きたてる。ほら見ろ。よく見ろ。そのぬいぐるみがどんな顔をしているか。それは道に落ちたのである。汚物として踏みにじられ、散々に腹を裂かれて落ちたのである。


 お前は見覚えがあるはずだ。誰の顔をしている?

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